侍ジャパン 世界一おめでとう!

                       日本経済新聞   www.nikkei.com  

 

 侍ジャパンが、WBCの決勝でアメリカを3-2で下し、世界一を奪還しました。前日の準決勝のメキシコ戦での逆転サヨナラ勝ちといい、決勝戦で大谷投手が、エンジェルスの同僚であるトラウト選手から三振を奪って優勝を決めたことといい、実に劇的で感動的な試合の連続でした。

 今回は通常のブログはお休みにして、WBCで劇的な優勝を遂げて世界一を成し遂げた侍ジャパンについて、心理的な側面から分析してみたいと思います。

 

アメリカのスーパースターを封じた若き侍たち

 決勝でアメリカに勝てたのは、投打の二刀流で活躍し、MVPに輝いた大谷翔平選手を抜きにしては語れませんが、強打のアメリカ打線を封じた日本の投手たちの存在を忘れはなりません。

 今永、戸郷、高橋宏、伊藤、大勢といった日本の若い投手たちが、トラウト(MVP3度獲得)、ゴールドシュミット(2013年本塁打、打点の2冠王)、アレナド(2015、16年連続本塁打、打点の2冠王)、シュワーバー(昨季の本塁打王)、ターナー(2021年首位打者)といったアメリカのスーパースター打線を見事に押さえ込みました。

 特筆すべきは、日本投手たちがみな、ローンデポ・パークの完全アウェイのなかで、名前を聞いただけで萎縮してしまいそうなメジャーリーガーを相手に、素晴らしい剛速球と変化球を堂々と投げ込んでいたことです。

 そこには、ここ一番というプレッシャーのかかる場面で実力を発揮できない、かつての日本人選手の姿はありませんでした。

 なぜ彼らは、このような究極の場面においても、思う存分実力を発揮することができたのでしょうか。

 

若手投手陣に技術や情報を教えたダルビッシュ

 日本チームのそれぞれの選手が、個人の実力を遺憾なく発揮できたのには、ダルビッシュ有選手の存在が欠かせなかったとわたしは思います。ダルビッシュ選手は、技術的な側面と心理的な側面の両方で、チームジャパンを支えた陰の功労者でした。

 ダルビッシュ選手は、メジャリーガーで唯一、強化合宿の初日から参加しました。合宿では請われるままに、自らが培ってきた技術を惜しげもなく伝えました。生きた教材であるダルビッシュ選手の話を聴いて、若い選手たちは多くの技術を学んだでしょう。それだけで、大きな成長を遂げた選手もいたに違いありません。

 また、メジャーリーガーたちの情報も、実際に対戦してきたダルビッシュ選手から得られたでしょう。今回のWBCには、多くのメジャーリーガーたちが参加していしました。メジャーリーガーが参加しなかった東京オリンピックとは、各国のレベルがまったく違います。日本が対戦したイタリアやメキシコでさえ、ほとんどがメジャーリーガーで構成されていました。

 そのためダルビッシュ選手の存在は、技術面においても、知識、情報面においても、日本の選手たちに大きな貢献をもたらしたと考えられます。

 これらに勝るとも劣らない貢献が、心理的側面からのサポートです。

 

野球は人生の一部

 ダルビッシュ選手は、高木豊氏との対談(TAKAGI YUTAKA BASEBOLL CHANNEL)の中で、次のように語っています。

 

 今回WBCへの皆の向き合い方もそうなんですけど、

 野球って本当に人生の一部なので、

 その前に人間であることが凄く大事であると思っているんです。

 だからどんだけ野球で凄くても偉そうにしてたりとか、

 家族を大事にしてないっていう選手は尊敬されないですし、

 やっぱりまず人間が先っていうところが僕はいて感じますね。

 

 ダルビッシュ選手は、「野球は人生の一部」「その前に(ちゃんとした)人間であることが凄く大事」と語ります。一見当たり前の内容ですが、特筆すべきは、この対談がWBCの合宿中に行われていることです。

 日本代表の選手たちは、ともすれば日本国を背負ってプレーします。そのことが非常な重圧になり、選手たちの一挙手一投足を縛りつけます。日本代表の試合が、まるで人生の全てを決定してしまうかのような錯覚に陥ります。そのため、過去の日本代表の選手たちには、悲壮感すら漂っていました。

 このような状況の中で、ダルビッシュ選手が語った「野球は人生の一部」に過ぎないという言葉は、それだけで日本代表の選手たちの心の負担を軽くしたでしょう。また、この言葉が、野球を究極に極めようとするダルビッシュ選手から発せられたからこそ、日本代表の選手たちの心に響いたのだと思われます。「あのダルビッシュさんが野球は人生の一部に過ぎないといっている。それならWBCもダルさんと一緒に楽しもう」という気持ちが、選手たちの間に自然に芽生えたのではないでしょうか。

 今回の日本代表の選手たちには、どのように追い詰められた場面でも悲壮感が漂うことなく、ベンチには笑顔が溢れていたことがわたしには非常に印象的でした。

 

今ここに集中する

 続いて、「メンタルはどう鍛えるのか」という高木氏に問いに対して、ダルビッシュ選手は次のように答えています。

 

 メンタルを鍛えることというのは難しいですよね。

 鍛えるものじゃないと思うというか。

 いろんなネガティブなことが出てくる。

 それをいかに受け流すかっていうスキルの部分なので、

 技術だと思うんですよ。

 いろんなことが出てくることに対していかにその話を聞かないか、

 “お前もうダメなんじゃないか” “打てないんじゃないか”

 それを自分の声だと、僕は思わないようにしています。

 変な悪い人が自分の声を似せて自分に言ってきているだけで、

 それは関係ない。

 とにかく今に集中する。

 未来のこと考えない、過去のこと考えない。

 今ここに集中するっているのが、

 メンタル鍛える、強くするっていうのは、多分そこだと思うんですよ。

 “無になる”に近いと思うんですよね。

 

 このようにダルビッシュ選手は、「ネガティブな声をいかに受け流すか」「未来のこと、過去のことを考えずに、とにかく今ここに集中する」「無になる」ことが大切だと語っています。

 彼の言葉は、日本の選手たちが大舞台においても集中して力を発揮するために、非常に重要な力を与えたことでしょう。

 さらに、ダルビッシュ選手は続けます。

 

 周りのことは気にせず、

 自分がどういう人間かっていうのをちゃんと理解することが先だし、

 どういう価値があるかっていうのを自分で理解するのも大事だし、

 自分が打てなくてもどうでも全く変わらないんですよ。

 そこに気づくと凄いメンタル落ち着くと思います。

 

 この言葉は野球の試合だけでなく、日々の生活、そして人生をいかに生きるかという指針としても、充分に役立つものであると思われます。

 ダルビッシュ選手、凄いですね。

 

日々いかに研鑽するかが大切

 ダルビッシュ選手は、大谷選手についても語っています。

 

 大谷君凄いですよ。(練習試合で打った)ホームランも凄いと思います。

 僕が大谷君の凄いと思うところはそこじゃなくて、裏の部分ですね。

 日々の過ごし方、どういうものを食べているのか、そこが凄いんです。

 そこを見なきゃダメなんですよ。

 でないと大谷君には近づけないんです。

 あれだけ凄いホームラン打って、そこばかり見てすげえって皆話しているわけで。

 でも、そのあとトレーニングに来て、大谷君がどんなトレーニングしているかを

 ちゃんと見て記録してるなんて僕くらいですよ。

 そこが凄いのに、そういうのに気づけない人たちばかりなので。

 だら僕は、そこ(大谷選手が打つホームラン)には驚かないです。

 凄いのはもちろんだけど、そこじゃないという。

 ジャンプの仕方見てもそうだし、トレーニングの組み方見てもそうだし、

 栄養の取り方見てもそうだし、

 そりゃあ、ああなるよねと思います。

 

 ダルビッシュ選手は、大谷選手が打つ特大のホームランには驚かないと言います。大谷選手がホームランを打つために、日々どのようなトレーニングを積んでいるか、栄養を考えてどのようなものを食べているか、そしていかに日々の生活を送っているのかが重要であって、そこに注目することこそ必要であると語っています。表に出ない裏の部分、すなわち大谷選手の日々の研鑽をみれば、彼が示すパフォーマンスは当然の結果であるとダルビッシュ選手は指摘しているのです。

 驚くべきは、ダルビッシュ選手が、後輩である大谷選手のそうした裏の努力を観察し、学ぼうとしている点にあります。36歳になっても上達したい、野球が上手くなりたいという気持ちを持って努力し続ける姿勢には、本当に感心させられます。

 このように、野球に対して日々研鑽を続けているダルビッシュ選手が、「野球は人生の一部」「その前に(ちゃんとした)人間であることが凄く大事」と語るからこそ、今回のWBCの試合は長い人生の一場面にすぎないと、侍ジャパンの選手たちは捉えられたのではないでしょうか。そして、選手たちは余計な重圧から解き放たれて、「未来のことや過去のことは考えずに、今ここに集中する」ことができたのだと思われます。

 栗山監督が、今回のチームを栗山ジャパンでなく、“ダルビッシュ・ジャパン”と呼んだのもなるほど頷けます。ダルビッシュ有選手が、“陰のMVP”であったと言っても決して過言ではないでしょう。

 

栗山監督と大谷選手との絆

 侍ジャパンが優勝したもう一つの要因として、わたしは栗山英樹監督と大谷翔平選手が築き上げてきた関係を挙げたいと思います。

 それは、大谷選手が高校を卒業したときに始まります。

 メジャー志向の強かった大谷選手は、ドラフト会議前から高校卒業後は渡米してメジャーに挑戦することを明言していました。その意向を無視して、日本ハムファイターズは、大谷選手をドラフト1位に指名しました。大谷選手は指名を拒否しますが、そのときに大谷選手の説得に当たったのが、日本ハムファイターズの当時の監督であった栗山英樹氏です。

 栗山監督は、日本ハムには大谷選手が希望していた、打者と投手の二刀流を実現するプランがあると熱心に説得しました。メージャーに挑戦すれば、二刀流の実現は困難であることも説明に加えて。

 大谷選手は栗山監督の情熱的な説得にほだされ、最初の思いを翻して、日本ハムに入団することになったのです。

 

二刀流を本当に実現させた栗山監督

 大谷選手が日本ハムに入団した当初、世間の多くは二刀流の実現に懐疑的でした。評論家の多くは、大谷選手は投手として大成させるべきだと主張しました。大谷選手は、高校時代にすでに160キロの剛球を投げていたからです(なぜか長嶋一茂氏だけが、打者としての大谷選手を高く評価していました)。しかし、栗山監督はこうした周囲の声にぶれることなく、大谷選手の投手としての才能、打者としての才能を信じ、それまで誰もできなかった二刀流を本当に実現させたのです。

 これは大谷選手と栗山監督が二人三脚で創り上げた、一つの“芸術作品”であると言っても過言ではないでしょう。

 5年間日本ハムで活躍した大谷選手は、ポスティング・システム(入札制度)を利用して、2018年にロサンゼルス・エンゼルスに移籍しました。

 二刀流の実現に尽力し、本人が希望すれば早々にメジャーリーグの挑戦を承諾した日本ハム球団および栗山監督と大谷選手との間には、他からは窺い知れない絆が存在しているのだと思われます。

 

WBCで縦横無尽に活躍した大谷選手

 WBCでは、大谷選手は二刀流として、打者としても投手としても縦横無尽の活躍を見せました。特にアメリカとの決勝では、7回裏に打者として全力疾走して塁上に残り、7回終了後にブルペンに入りました。そこから肩を作って9回のマウンドに上がりました。

 これは大谷選手にとっても初めての経験でした。メジャーリーグの試合でも投手として先発し、打者としてDHに入ることはありましたが、DHとして打席に入った後にリリーフとしてマウンドに上がったことはありませんでした。両者は難しさが格段に違います。先発であれば試合前から投球練習をして肩を作ることができますが、DHの後でリリーフする場合は、打者として試合に参加しながら同時に投球練習をしなければならないからです。

 こうした非常に難しい状況で、大谷選手は9回のマウンドに上がりました。そして、最後はエンゼルスの同僚であり、現役最高の打者でもあるトラウト選手から見事に三振を奪って世界一を決めたのです。

 こんな起用法ができたのは、プロ1年目から二刀流を二人三脚で創り上げてきた栗山監督だったからこそです。決勝での大谷選手の活躍は、栗山監督と二人で創り上げてきた“芸術作品”が、世界一にふさわしいことの証明になったでしょう。

 

チーム力と若い力で勝ち取った世界一

 侍ジャパンにとって、WBCでの優勝は今回で3回目です。過去2回はバントや盗塁を絡めて勝つスモールベースボールと評されました。しかし、今回の戦いでは、送りバントはせずに、ホームランや長打で得点を重ねました。また、日本の若い投手たちは他チームの投手よりも速い球を投げ、鋭い変化球で打者を翻弄しました。今回のチームは、技術だけなくパワーにおいても世界を凌駕していました。

 加えて、チームが一つにまとまり、厳しい状況でも決して諦めることなく、常に最善を尽くす姿が見られました。チームワークが最高だっただけでなく、いかなる場面でも悲壮感がなく、選手には笑顔があふれていました。そして、戦いが終わった後には、対戦相手にリスペクトを示すことも忘れませんでした。

 侍ジャパンは、すべての面で卓越した世界一のチームだったと言えるでしょう。侍ジャパンの快挙は、日本人にもまだまだ底力があることを示し、わたしたちに誇りと勇気を与えてくれました。

 

 侍ジャパン、世界一おめでとう!

 そして、本当にありがとうございました。(了)