新型コロナの第5波はなぜ終息したのか(3)

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 前回のブログでは、新型コロナが感染爆発した後で急激に減少した、インドとインドネシアについて検討しました。両国ともピークアウト時のワクチンの接種率は数%で、感染者の減少に与えた影響は僅かだと考えられました。

 それに対して、両国とも感染爆発時にイベルメクチンの広範な投与を行っており、イベルメクチンが感染の減少に影響を与えた可能性が示唆されました。

 しかし一方で、感染の減少がイベルメクチンの効果だけで起こったとは考えにくい側面もあります。もしイベルメクチンの効果だけで感染爆発が終息したなら、イベルメクチンは新型コロナ感染症の特効薬ということになります。それならなぜWHOが、イベルメクチンを臨床試験以外の状況で患者に使うべきでないとする指針を発表しているのか。また、日本の厚労省も、新型コロナの治療薬として未だに承認していないのかという疑問が残ります。そこには政治的な思惑もあるような気がしますが、もし圧倒的な有効性が認められるなら、承認しないという対応は後々大問題になるでしょう。

 わたしは、イベルメクチンには重症化を防ぐ効果はあると思いますが、感染爆発を終息させる程の治療効果はないと思います。したがって、インドとインドネシアで感染爆発が終息したのには、別の理由が存在していると考えています。

 

毎年感染爆発を起こすインフルエンザ

 インドやインドネシア、そして日本の第5波のような感染爆発と急激な終息を示す感染症があります。それが、毎年冬季になると日本に襲来する季節性インフルエンザです。

 以下のグラフは、インフルエンザの感染者数を示したものです。

 

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                  図1

 

 図1は、全国5千カ所の医療機関、保健所、地方衛生研究所、学校等からの情報をまとめ、厚生労働省及び国立感染症研究所から公表されたインフルエンザの感染者数の推移です。

 インフルエンザは冬季に急激に増加して感染爆発を起こし、ピークアウトした後は急激に減少に転じ、春先にはほとんどみられなくなります。その線形は各年で異なりますが、図1では2018/19年の線形が、インド、インドネシア、日本の新型コロナの線形と似た形を示しています。この年の累積受診者数は推計で約1170.4万人ですが、症状が軽くて受診しない感染者を含めれば、さらに多くの日本人が感染していると言えるでしょう。

 ちなみに、例年はインフルエンザによる直接の死者は3千人、他の持病があってインフルエンザを合併することで死亡するインフルエンザ関連死は1万人程度であると厚生労働省は発表しています。

 では、インフルエンザは毎年のように爆発的な感染者数を出しながらも、なぜ急速に終息してゆくのでしょうか。

 

集団免疫という防御

 季節性のインフルエンザが毎年冬季に爆発的な感染症者を出し、ピークアウトした後に急速に終息するのは、日本社会に集団免疫ができるからだと考えられています。

 集団免疫とは、人口の一定割合以上の人が免疫を持つと、感染者が出ても他の人に感染しにくくなり、感染症が流行しなくなる状態のことをいいます。多くの人が免疫を獲得すると、感染の広がりに歯止めがかかり、免疫を持たない人も感染から守られます。こうして集団免疫ができると、社会全体が感染症から守られることになるのです。

 インフルエンザは感染力が強いため、広い地域で同時進行的に感染が広がります。そのため、感染者数は爆発的に増加します。そして、広い地域で同時進行的に集団免疫が獲得されると、今度は感染者数が一気に減少してゆきます。図1のグラフが急峻な形をしているのは、このことを端的に現しています。

 

インフルエンザワクチンの効果は

 ところで、インフルエンザに対して毎年行っているワクチン接種は、感染の防止に効果があるのでしょうか。ワクチン接種が外来受診者(高熱などの明らかな症状を示す感染者)を減らす割合は、10~60%と言われています。つまり年によっては、ワクチンを接種しても10%しか患者が減らない年もあるわけです。

 その理由は、インフルエンザウィルスが毎年変異を繰り返すからです。インフルエンザウィルスが大きな変異を起こした年は、ワクチンを接種していても感染爆発を起こすことがあります。それでもワクチン接種は重症化を防ぐ効果があるため必要ですが、少なくともワクチンによって、インフルエンザを抑えきることはできないと言えるでしょう。

 

ウィルス撃退の主役はワクチンではない

 新型コロナウィルス感染症が世界を席巻するようになってから、感染を終息させる決め手として、もっぱらワクチンがクローズアップされてきました。しかし、意外と知られていませんが、ウィルスを撃退する主役は、ワクチンによって誘導される抗体ではありません。

 人の免疫は、大まかに自然免疫、細胞性免疫、抗体を産生させる体液性免疫に分けられます。このうちウィルスを撃退する際に活躍するのは、細胞性免疫(と自然免疫)です。一方、細菌を撃退する際に活躍するのが、体液性免疫(と自然免疫)です。つまり、新型コロナウィルスを終息させる主役は、ワクチンではなく個々人の細胞性免疫なのです。インドやインドネシアでデルタ株が感染爆発した後で感染が終息した理由も、細胞性免疫の活躍にあったと考えられます。

 

ウィルスを撃退する免疫

 細菌とウィルスの大きな違いは、細菌は自分で増殖できることに対して、ウィルスは生物の細胞に侵入し、細胞の増殖機能を利用して自分のRNA(またはDNA)を増殖させることです。

 ウィルスが細胞の外に存在している間は、マクロファージや樹状細胞が作用する自然免疫や、抗体に誘導された好中球によって排除することができます。しかし、ウィルスが細胞内に入り込んでしまったときには、自然免疫や抗体による免疫が機能することができません。そのためウィルスを排除するためには、ウィルスが入り込んだ自身の細胞を破壊する必要があります。

 感染細胞の破壊は、マクロファージやNK(ナチュラルキラー)細胞といった自然免疫でも行われます。しかし、ウィルスが大量に増殖すると、自然免疫だけでは追いつかなくなります。そこで、細胞性免疫が登場します。

 自然免疫で働くマクロファージや樹状細胞やNK細胞から、さらにウィルスに感染した細胞自体から情報を伝えられたT細胞が増殖と活性化を始めます。そして、T細胞は細胞傷害性T細胞に成長し、ウィルスに感染してしまった細胞を特異的に破壊します。この細胞傷害性T細胞が感染細胞を破壊する免疫防御反応が、「細胞性免疫」と呼ばれています。

 侵入したウィルスに特異的な細胞傷害性T細胞ができあがると、そのウィルスが感染した細胞が次々に破壊されます。このとき活性化されたマクロファージも細胞外に出されたウィルスを強力に貪食し、ウィルスを撃退します。

 以上の一連の経過が、ウィルスを撃退する主な手段です。

 

細胞性免疫の臨戦態勢

 ウィルスを撃退する主役である細胞性免疫は、細胞傷害性T細胞が発動するまでに数日間かかります。そのため、細胞性免疫は、「遅延型反応」と呼ばれます。細胞性免疫が発動するまでは自然免疫によってウィルスを排除するのですが、ウィルスの増殖が勝るとウィルス感染症が発症し、さらに感染が悪化します。

 しかし、過去に何回も同じタイプのウィルスの侵入を受けている場合は、細胞傷害性T細胞が短期間で生成されます。これは何度もウィルス感染に晒されて細胞性免疫が鍛えられ、常に臨戦態勢にあることを意味します。細胞性免疫が臨戦態勢にあると、同じウィルス感染症には罹りにくくなるのです。

 

インドとインドネシアでの集団免疫

 さて、ここでインドやインドネシアで感染が急速に終息した理由を考えてみましょう。

 インドやインドネシアをはじめとした東南アジア諸国では、これまでに旧型のコロナ感染症が何度も流行してきました。さらに近年では、新型コロナ感染症の変異株にも何度も晒されてきました。その中で、自然免疫や細胞性免疫が鍛えられてきたのだと考えられます。

 それに加えて、インドやインドネシアには、もう一つ別の要因があります。それは、両国の人口構成です。

 

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                   図2

 

 図2は、インドとインドネシアの人口構成です。一見して分かるように、両国とも若年層が非常に多いことが分かります。

 若年層では、自然免疫と細胞性免疫が非常に活発です。若い年代では、免疫の主役は自然免疫と細胞性免疫が担います。しかし、自然免疫と細胞性免疫は、老年になるにつれて次第に衰えます。代わりに老年世代に活躍するのが、抗体を産生する体液性免疫です。

 つまり、若年層が多いインドとインドネシアでは、自然免疫と細胞性免疫が中心であり、これらが何度も活性化される過程で、免疫が臨戦態勢にありました。そこに、感染力の増したデルタ株が一気に拡がる事態が起こりました。感染者は爆発的に増えましたが、デルタ株に対しての細胞性免疫が広い地域で一斉に活性化されました。このようにして両国では、デルタ株に対する集団免疫が達成されたのだと考えられます。(続く)

 

 

参考文献

・齋藤紀先:休み時間の免疫学 第3版.講談社,東京,2018.