新型コロナの第5波はなぜ終息したのか(4)

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 これまでのブログで、インドとインドネシアで新型コロナ感染症の感染爆発が終息した理由を検討してきました。

 両国で使用されたイベルメクチンは、感染拡大に一定のブレーキをかける役割を果たしたと思われますが、その効果は未だ未知数です。感染が終息した最大の理由は、両国が集団免疫に到達したからだと考えられます。

 集団免疫が達成されたのは、感染がピークアウトした当時に両国とも数%の接種率だったワクチンによる効果ではないことは明らかです。そうではなく、人が本来持つ免疫機能、とりわけ繰り返された変異株の感染によって活性化した、自然免疫と細胞性免疫の働きによるものだと考えられます。

 では、日本で新型コロナの第5波が終息したのは、どうしてだったのでしょうか。

 

日本でも集団免疫が達成された

 日本では新型コロナの新規感染者数(正確にはPCR陽性者数)が、11月22日にはついに49人(!)にまで減少しました。これほど感染者数が減少した国は、他には見当たらないでしょう。

 以下は、第5波の増減を現したグラフです。

 

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     新型コロナウィルス感染症 世界マップ 日本経済新聞社

              図1

 

  図1のように、第5波は感染爆発を起こした後ピークアウトし、その後は急激に減少して終息しました。この感染曲線は、集団免疫が獲得された以外には説明ができないと思われます。つまり、インドやインドネシアと同様に、日本にも集団免疫が獲得されたと考えることができます。

 そうだとすれば、日本では集団免疫は、どのようにして達成されたのでしょうか。

 

ウィルスを撃退する免疫

 ここで、ウィルスを撃退する免疫の仕組みを振り返っておきましょう。

 細菌とウィルスの大きな違いは、細菌は自分で増殖できることに対して、ウィルスは生物の細胞内に侵入し、細胞の増殖機能を利用して自分のRNA(またはDNA)を増殖させることでした。

 ウィルスが侵入した直後、まだ血中にウィルスが存在している間は、マクロファージや樹状細胞が作用する自然免疫によって排除することができます。しかし、ウィルスが細胞内に入り込んでしまった後では、自然免疫や抗体がウィルスに働きかけることができなくなります。そのためウィルスを排除するためには、ウィルスが入り込んだ自身の細胞を破壊する必要があります。

 この段階になると、細胞性免疫が重要な役割を果たします。自然免疫で働くマクロファージや樹状細胞やNK細胞から、さらにウィルスに感染した細胞自体からウィルスの情報を伝えられたT細胞が増殖と活性化を始めます。そして、T細胞は細胞傷害性T細胞に成長し、ウィルスに感染してしまった細胞を特異的に破壊します。この細胞傷害性T細胞が感染細胞を破壊する免疫防御反応が、「細胞性免疫」と呼ばれています。

 侵入したウィルスに特異的な細胞傷害性T細胞ができあがると、そのウィルスが感染した細胞が次々に破壊されます。このとき活性化されたマクロファージも細胞外に出されたウィルスを強力に貪食し、ウィルスを撃退します。

 

細胞性免疫の臨戦態勢

 ウィルスを撃退する主役である細胞性免疫は、細胞傷害性T細胞が発動するまでに数日間かかります。そのため、細胞性免疫は「遅延型反応」と呼ばれています。細胞性免疫が発動するまでは自然免疫によってウィルスを排除するのですが、ウィルスの増殖が勝るとウィルス感染症が発症し、さらに感染が悪化します。

 しかし、過去に何回も同じタイプのウィルスの侵入を受けている場合は、細胞傷害性T細胞が短期間で生成されます。これは何度もウィルス感染に晒されて細胞性免疫が鍛えられ、常に臨戦態勢にあることを意味します。細胞性免疫が臨戦態勢にあると、同じウィルス感染症には罹りにくくなるのです。

 日本においても、これまでに旧型のコロナ感染症が何度も流行してきました。さらに近年では、新型コロナ感染症の変異株にも何度も晒されてきました。その中で、自然免疫や細胞性免疫が鍛えられてきたのだと考えられます。

 

日本には老年層が多いが

 集団免疫が獲得されたインドやインドネシアでは、人口構成において、両国とも若年層が非常に多いことが特徴でした。若年層では、自然免疫と細胞性免疫が非常に活発です。しかし、自然免疫と細胞性免疫は、老年になるにつれて次第に衰えます。代わりに老年世代に活躍するのが、抗体を産生する体液性免疫です。

 つまり、若年層が多いインドとインドネシアでは、自然免疫と細胞性免疫が中心であり、これらが何度も活性化される過程で、免疫が臨戦態勢にありました。そこに、感染力の増したデルタ株が一気に拡がる事態が起こりました。感染者は爆発的に増えましたが、デルタ株に対しての細胞性免疫が広い地域で一斉に活性化されました。このようにして両国では、デルタ株に対する集団免疫が獲得されたのだと考えられます。

 翻って、日本ではどうでしょうか。

 以下は、日本の人口構成を示したグラフです。

 

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                   図2

 

 図2のように、日本では若年層が少なく、逆に高齢者層が非常に多いことが分かります。最も多い層は男女とも45~49歳のグループで、65歳以上の高齢者層は、全体の28%を占めています。

 これではウィルスを撃退する主役である、自然免疫と細胞性免疫の活性化に頼ることができません。

 では、日本はどうやって集団免疫を獲得したのでしょうか。

 

高齢者にはワクチン接種が功奏

 自然免疫と細胞性免疫の働きが衰えている高齢者では、体液性免疫の役割が重要になります。体液性免疫とは、抗体が産生されることによって起こる免疫反応をいいます。細菌やウィルスといった抗原が繰り返し侵入することで、その抗原に特異的な抗体が大量に産生されます。この抗体がウィルスに結合すると、ウィルスは細胞の中に侵入できなくなります。この状態をウィルスの不活性化といい、ウィルスを不活性化する抗体を中和抗体と呼びます。

 新型コロナ感染症のワクチンは、中和抗体を作って感染の予防と重症化を防ぐことを目的として行われます。自然免疫と細胞性免疫の働きが衰えている高齢者の場合は、ワクチンを接種して中和抗体を作り上げることは、感染を予防し、重症化のリスクを減らすために有効だと言えるでしょう。

 先のブログで、日本の新規感染者数がピークだった8月20日の時点では、ワクチンの接種率は40%台であったことを指摘しました。そして、この接種率では、集団免疫は獲得できないことも併せて指摘しました。

 では、この時期の高齢者の接種状況はどうだったのでしょうか。

 

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                  図3

 

 図3でみるように、65歳以上の高齢者に限っては、8月中旬以降には90%近い接種率が達成されていました。

 このように、自然免疫と細胞性免疫の働きが衰えている高齢者に対しては、ワクチンの接種による体液性免疫の活性化が獲得されてたのだと考えられます。

 感染者がピークアウトした8月21日付近の日本では、若年祖と壮年層では自然免疫と細胞性免疫が活性化された臨戦態勢にあり、高齢者ではワクチンによって体液性免疫が活性化された状態にありました。つまり、この時期に日本人の免疫状態は、自然免疫と細胞性免疫と体液性免疫の、まさにベストミックスの状態にあったと言えるでしょう。

 

東京オリンピックパラリンピックが貢献した可能性も

 日本人の免疫状態がベストミックスの状態になりつつあった7月21日から、東京オリンピックパラリンピックは開催されました。この間に世界各国から、選手だけで1万5000人以上が来日しました。各国の関係者や報道関係者を含めると、約10万人が日本に訪れたことになります。日本は新型コロナ感染症に対する水際対策を採りましたが、それでも防疫をすり抜けて感染は拡大したでしょう。日本が感染爆発をきたしたのには、やはり東京オリンピックパラリンピックの影響はあったと考えられます。

 しかし、それは悪い影響を与えたとは限りません。東京オリンピックパラリンピックの開催が、集団免疫の獲得に寄与した可能性があるからです。

 インドで感染が急拡大する前に、ヒンズー教の伝統の祭り「ホーリー」が全国各地で行われました。その後にインドではデルタ株の感染爆発が起こりましたが、このことは集団免疫の獲得に一つの役割を果たしました。感染が急激に広まれば、広い地域で多くの人が一斉に感染します。もしそのウィルスの致死率が低ければ、多くの人が同時に免疫を獲得します。すると免疫の防御の輪が同時多発的に形成され、素早く集団免疫が達成されると考えられます。

 一般にウィルスの感染力が増すのと反比例するように、その毒性は低下します。感染を広めるためには、宿主である人を殺してはいけないのはもちろん、人が元気で活動的である必要があるからです。日本におけるデルタ株の致死率は、0.38%まで低下しました(感染が増加し始めた7月5日から11月25日までの感染者数と死亡者数から計算しました)。

 日本では、東京オリンピックパラリンピックの開催もあって、致死率の低下したデルタ株が急激に拡大しました。この急拡大と、日本人の免疫がベストミックスの状態にあったことが重なって、理想的な集団免疫が獲得されたのではないかと考えられます。

 日本での新型コロナの第5波は、こうして終息したのです。(了)

 

 

参考文献

・齋藤紀先:休み時間の免疫学 第3版.講談社,東京,2018.