若者はなぜ死に走るのか(2)

 前回のブログでは、日本の若者の自傷行為や自殺企図が社会問題化していることを、統計資料をもとに示しました。

 今回からのブログでは、有為な若者たちがなぜ多量服薬や自傷行為、そして自殺企図に向かうのかについて検討してゆきたいと思います。

 

多量服薬が容易にできる環境

 これは根本的な問題ではありませんが、多量服薬や自殺企図が増えている背景には、便利さをよしとする現代社会の影響があります。現代はより早く、より簡単にサービスを得られることが目指されます。こうした利便性の追求は、一方で社会の安全弁を取り払うことに繋がっています。

 たとえば、薬剤を簡単に手に入れることができる環境が、若者の多量服薬を増やしているという側面があります。

 日本では1970年代に誕生したドラッグストアは、近年増加の一途を辿っています。全国の店舗数は、平成26年(2014年)は1万3,069店舗だったものが、平成29年(2017年)には1万5,049店舗、令和2年(2020年)には1万7,000店舗まで増加し、令和4年(2022年)では1万8,429店舗になっています。皆さんの町にも、いくつものドラッグストアが建ち、さらに増え続けているのではないでしょうか。

 消費者として薬を購入するのには便利ですが、他方では、店舗をまわれば簡単に多くの薬を購入できるという側面があります。ドラッグストアの側では林立する店舗間での競争がより激しくなり、多くの商品を販売することが目指されます。こうして両者の思惑が一致して、若者が多くの薬をより簡単に入手できる環境が整ったのです。

 

個人経営の時代は薬の購入は簡単ではなかった

 薬局が個人経営で店舗数も少なかった時代には、薬の購入は簡単ではありませんでした。薬局には馴染みの薬剤師のおじさん(またはおばさん)がいて、いろいろと症状を聞いてくれ、状態に合わせて薬を選んでくれました。もちろん病気でなければ薬を販売してくれませんし、そもそも子どもには薬を売ってくれませんでした。家族ぐるみで付き合いがある場合には、悩みの相談に乗ってくれることもあったでしょう。

 町の薬剤師の時代は今よりも密接な人間関係があり、そのことが薬局が病気の治療により深く関わることを可能にしていました。そして、ややもするとこの濃密で面倒な関係が、薬を本来の目的以外で使用すること、すなわち薬を現実逃避や自殺目的に使用することを防いでいたのです。

 これに対して、ドラッグストアが乱立する現代ではわたしたちは消費者であり、沢山薬を消費してくれることが「良いお客様」であるという位置づけになっていることを忘れてはなりません。

 

インターネット販売が多量服薬を加速させた

 この状況に拍車をかけたのが、SNSの影響です。SNSは人々の生活を便利にする一方で、若者の多量服薬や自殺企図を起こしやすくしています。

 まず挙げられるのが、インターネットで薬物を購入できるようになった影響です。

 平成26年(2014年)6月から、インターネットで一般用医薬品が購入できるようになりました。薬局まで足を運ばなくても済むわけですから、薬の購入は随分と便利になりました。その一方で、治療目的ではなくても、容易に薬を手に入れることができるようになりました。薬にはどんな薬でも副作用があるのですから、これは大変危険なことです。

 さらにインターネットでは、薬の危険な使い方の指南までする人たちが現れています。たとえば、この薬をこれだけ飲むと致死量に達するなどと教えてくれます。実は一般用の医薬品でも、意外と少量で(たとえば1瓶で)致死量に達する薬があるのです。こうした情報に触発されて、衝動的に多量服薬をしてしまう若者もいます。わたしたちの病院では、同じ薬を同じ量だけ服用して、別々の高校生が連日救急外来に搬送されたことがありました。

 

多量服薬が簡単にできる社会

 以上で述べてきたように、ドラッグストアの急拡大と薬物のインターネット購入は、多量服薬の直接の原因ではないにしても、多量服薬を容易にしていることは事実です。

 前回のブログで紹介した小・中・高生の自殺者の変移のグラフと、ドラッグストアの店舗数の増加、そして薬物のインターネット販売の解禁時期を重ね合わせると次のようになります。

 

                 図1

 

 図1のように、薬のインターネット販売が解禁されて以降、そしてドラッグストアの店舗数の増加と比例するかのように、小・中・高生の自殺者の数が増加していることが分かります。

 もちろん、自殺の原因を詳しく分析しなければ両者の因果関係は分かりませんが、臨床の現場での印象からすると、両者は無関係ではないと思われます。

 

SNSは自殺を推進する

 それだけではありません。インターネットは、若者の自殺を推進する役割を果たすことがあるのです。

 インターネットには、多量服薬だけでなく他の自殺企図の方法が、多岐にわたって詳細に述べられています。表面的には成りを潜めて目立たないのかも知れませんが、インターネットを使い慣れた若者たちが、そうした情報にたどり着くことは難しいことではないでしょう。どうやったら死ねるのか。こんなことを手軽に調べられる時代が来るとは、以前には思いもよらなかったことです。

 問題はそれだけではありません。インターネットには、自殺の情報だけでなく、自殺を行うための“同志“を募るサイトさえあります。一人で自殺するのは怖いし、寂しい。だから一緒に死んでくれる同志を求めているのです。それまで見ず知らずだった人たちが集まり、一緒に自殺を試みるというびっくりするような事例が、わたしたちの病院でも実際にみられています。

 便利さを追求することは、わたしたちの生活を豊かにするように思えます。しかし、そうばかりではありません。ドラグストアが林立し、インタネーットで薬が購入でき、さらにはさまざまな情報を簡単に入手できる便利な世の中では、危険な行為への歯止めがかからずに、自殺することが容易にできる環境になっているのです。

 若者は、この負の側面をもっとも被っているのではないでしょうか。

 

便利で豊かな社会の陥穽

 現代の社会は、消費者のニーズをいかに探り当て、そのニーズにどのように応えられるかを競っています。その結果、わたしたちの暮らしは随分と豊かになり、そして便利になりました。

 しかし、良いことばかりではありません。

 

 ふたつ良いこと さてないものよ

 

 心理学者の河合隼雄先生が、講演会でよく口にされていた言葉です。身の回りのものごとには良いことと悪いことの両面があって、その両方に目を向けていくことが大切だということを教えてくれています。

 この言葉が示すように、現代が便利で豊かな世の中になる一方で、社会のさまざまな安全弁が取り払われて若者が危険に晒されています。

 この現実に、わたしたちは目を背けてはならないのです。(続く)