日本人はなぜ自立できないのか(4)

 前回のブログでは、日本の国柄を破壊しかねないLGBT理解増進法案を、なぜ自民党が国会に提出したのかという問題について、自民党を一つの村社会に例えて検討しました。

 岸田首相は、いわば自民党村の村長さんです。広島サミットは、岸田村長さんにとって一世一代の晴れ舞台でした。この晴れ舞台を成功させるためには、自民党村の村民は極力協力しなければなりません。

 この晴れ舞台を成功させるために、岸田村長さんは、LGBTに対する扱いが他の村に比べて遅れていると非難されることを心配しました。そこで岸田村長さんは、広島サミットという自分の晴れ舞台を成功させるために、村役たちにLGBT理解増進法案を国会に提出するように頼んだのです。

 困ったのは、村役たちです。晴れ舞台を前に意気込んでいる村長さんの顔を潰すわけにもいきません。困り果てた挙げ句に、村役たちはいい解決案を思いつきました。

 それがLGBT理解増進法案を国会に提出したうえで、審議しないまま廃案にすればいいという案です。そうすれば、岸田村長さんの顔を潰さず、しかも本心では反対しているLGBT理解増進法を成立させずに済むからです。

 しかし、この解決策には問題がありました。LGBT理解増進法案に反対の議員が多かったにも拘わらず、村役たちがこの意見を充分に汲み上げられなかったことです。このことが、反対議員たちの中に禍根を残した感は否めないでしょう。

 今回のブログでは、この解決案が残した、さらなる問題点について検討したいと思います。

 

自民党村の調和が第一

 今回のLGBT理解増進法案を国会に提出する過程で、表出した大きな問題があるとわたしは思います。

 自民党の重鎮と言われる人たちが、法案が日本に与える影響よりも、自民党村の調和を保つことを優先したことです。

 5月19日の『櫻井よしこの言論テレビ』のなかで、萩生田光一政調会長は、LGBT理解増進法案について次のように語ってします。

 

「党の政調会長として、現場の皆さんの判断を尊重したいと思います。というのは、何対何ということで、今まで一度も(多数決を)やられたことはないです。(中略)

 いくら反対でも、ただ感情論で反対だけ言われても堂々巡りになったらどこかで議論を終わらなきゃいけないわけで、現場としてはこれ以上やっても新しいことは出てこないということで判断したんだと思います。(中略)

 手続きに関して異論はなかったですから。身内の国民の皆さんが分からない党内の民主主義ルールを、自分たちの都合のいいことだけ外に発信するからこういうことになるんです」

 

 萩生田氏は、LGBT理解増進法案に対する議論が行き詰まり、「これ以上やっても新しいことは出てこない」と判断したために会の幹部に判断を一任したのであり、多数決をしないことこそ「自民党内の手続き」だと主張しています。

 この主張は、国民からはまったく理解されないでしょう。外部からは、何が行われているかよく分からないからです。

 萩生田氏自身も、「国民の皆さんが分からない党内の民主主義のルール」と述べています。どうやら自民党には、国民からは分からない独特の「民主主義のルール」があるようです。それを少しでも分かりやすく説明することが政調会長の役割だと思うのですが、萩生田氏は逆に、「(法案反対派が)自分たちの都合のいいことだけ外に発信するからこういうことになる」のだと反対議員の行動を非難しています。

 これでは、自民党の支持を減らすだけではないでしょうか。

 

結果さえ出せばいいという奢り

 萩生田政調会長は、それでも心配する必要はないと言います。

 

「手続きには何の瑕疵(かし)もないです。私が火の粉を被らなきゃいけないと思ってやっていますよ。

 だけど、国民の皆さんの不安を払拭できるような対応をするということは約束したいと思います」

 

 LGBT理解増進法案を国会に提出する手続きには、何の問題もなかったと萩生田氏は主張します。そして、手続きに対する国民の非難は、自分が引き受けると説明します。最後には、「国民の不安を払拭する対応をする」と胸を張っています。

 つまり、萩生田政調会長は、自民党の党内事情で法案を国会に提出はしたが、法案を成立させるようなことはしないから心配しないで欲しいと言いたかったのでしょう。

 と、この時点では、わたしは思っていました。こうすれば広島サミットでの岸田首相の顔も立ちますし、自民党内の反対議員にも配慮できます。つまり、自分党村の調和が保てるのです。

 

法案が採決される?

 しかし、萩生田政調会長の約束は、もろくも崩れ去ることになります。

 吊されたままにされるはずだった法案の審議が、突然始められると報道されました。

 6月7日に産経新聞は、次のように報じています。

 

衆院内閣委員会は7日午前、国会内で理事懇談会を開き、LGBTなど性的少数者への理解増進を図る法案を巡り、9日の同委で与野党の3案を審議し、採決する方針を正式決定した。与党案が賛成多数で採決される方向。13日の衆院本会議で可決され、参院に送付する。今国会で成立する見通しだ」

 

 LGBT理解増進法案は審議が始まるだけでなく、採決をして可決され、なんと今国会で成立する見通しだというのです。

 議員立法は、全会派の賛成が得られて初めて可決されることが、これまでの国会の慣習でした。しかし、LGBT理解増進法案は、自民・公明案、立憲民主・共産・社民案、日本維新・国民民主案の3案が提出されています。それぞれを審議して、全会派が賛同する案にまとめ上げることなど時間的にも不可能です。

 ところが、LGBT理解増進法案では、この慣習を破って採決を行うことになりました。

 

一夜漬けで修正して採決

 5月8日、自民党萩生田光一政調会長と維新の馬場伸幸代表らが国会内で会談し、LGBT理解増進法案について協議しました。この会談を通じて、法案の成立を急ぐ自民党は、維新と国民民主党の案を事実上丸のみする形で受け入れます。

 具体的には、与党案の「性同一性」という規定が、維新と国民民主の案は英訳にあたる「ジェンダーアイデンティティ」と表現されることになりました。そして、「全ての国民が安心して生活することができるよう留意する」という文言が加えられましたが、法案の主旨と骨格はなんら変わっていません。

 こうして修正されたLGBT理解増進法案は、5月9日に衆院内閣委員会で審議に入りました。法案は充分な審議もされないまま即日採決され、自民、公明、日本維新の会、国民民主の4党の賛成多数で可決されました。

 それにしても、萩生田政調会長の言う「国民の皆さんの不安を払拭できるような対応をする」というは約束は、こんな結末のことだったのでしょうか。もしそうなら、萩生田氏は反対議員を出し抜き、国民を騙したことになるでしょう。

 

異例ずくめの経緯

 LGBT理解増進法案の扱いは、異例ずくめの経過をたどりました。

 まずは、自民党の幹部が、党内の多くの議員の反対を押し切って、法案を無理矢理国会に提出したことです。5月12日に開かれた性的マイノリティに関する特命委員会では、LGBT理解増進法案に対する賛成者が11名、反対者が18名だったにも拘わらず、採決をせずに法案の対応を幹部に一任し、5月16日の自民党政調審議会に計りました。

 ここで萩生田政調会長は、「国会に提出するが審議せずに廃案にする」ことを匂わせて政調審議会を通過させ、同日行われた総務会に諮りました。その結果、LGBT理解増進法案は総務会でも全会一致で承認され、国会に提出されたのです。

 提出されたLGBT理解増進法案は、審議されないまま、廃案になると思われていました。議員立法は、全会派の賛成で可決されることが、これまでの国会の慣習でした。LGBT理解増進法案は、自民・公明案、立憲民主・共産・社民案、日本維新・国民民主案の3案が提出されており、それぞれを審議して、全会派が賛同する案にまとめ上げることなど時間的にも不可能だと思われたからです。

 ところが、審議と採決の日程が先に決まり、しかもそれがマスコミにリークされました。驚いたのは、反対派の議員や言論人たちです。これまで保守本流だと信じてきた自民党新藤義孝氏と古屋圭司氏、さらには萩生田光一氏に完全に裏をかかれた形になりました。

 さらに萩生田政調会長は、採決の日程を守るために、自民案を捨て、維新案を丸呑みするというおまけまで付けました。

 

強硬採決の背後にあるもの

 LGBT理解増進法案は、これまでの慣習を破ってまで、今国会で急ぎ成立させなければいけない法案なのでしょうか。

 今回の騒動の発端は、岸田首相が2月6日に、LGBT理解増進法案が今国会で成立するように茂木幹事長に指示したことで始まりました。

 わたしは、自民党の保守派の幹部たちが、LGBT理解増進法案を国会に提出はするものの、審議しないまま廃案にするという方法で決着を図ろうとしたと考えていました。それが自民党という村社会での意見を収斂し、村の調和を守る方法だからです。

 しかし、岸田首相は、そのようなごまかしでは納得しなかったようです。LGBT理解増進法案を、あくまで今国会で成立させる固い決意を持っていました。この岸田村長さんの行き過ぎた決意は、村の調和を乱し、村人の間に分断をもたらす危険性を秘めています。

 

 なぜ、岸田首相は、これほどまでに無理を重ねて、LGBT理解増進法案を成立させようとしているのでしょうか。

 その背後には、アメリカ民主党政権の影が見え隠れしています。(続く)