いじめはなぜなくならないのか 山田広報官の辞任

f:id:akihiko-shibata:20210212010609j:plain

 オリンピック・パラリンピック組織委員会の森会長(当時)へのバッシングに続いて、またもいじめの見本になるような事例が発生しました。それが、山田真貴子内閣広報官へのバッシングです。

 女性の地位向上を叫んで森会長をバッシングした人たちは、今度はなぜ女性内閣広報官をバッシングの対象に選び、そして彼女を引きずり下ろすようなことをしたのでしょうか。

 

事の発端は管首相の長男のスキャンダル

 事の発端は、2月11日付けの週刊文春が、「総務省の幹部らが、同省が許認可にかかわる衛星放送関連会社に勤める菅義偉首相の長男から、国家公務員倫理法に抵触する違法な接待を繰り返し受けていた疑いがある」という記事を掲載したことから始まりました。

 接待を受けたのは、谷脇康彦総務審議官、吉田眞人総務審議官、衛星放送等の許認可にかかわる情報流通行政局の秋本芳徳局長、その部下で同局官房審議官の湯本博信氏の計4名で、「昨年の10月から12月にかけてそれぞれが株式会社東北新社の呼びかけに応じ、都内の1人4万円を超す料亭や割烹、寿司屋で接待を受けていた」というものでした。

 その接待に、管首相の長男である東北新社の管正剛氏が加わっていたため、管内閣のスキャンダルとして取り上げられたのです。

 

注目は山田広報官に

 このスキャンダルを国会で追及された管首相は、「長男とは別人格」「行政がゆがめられた事実は確認されていない」と突っぱねました。自民党が管正剛氏の国会招致に応じないなか、管正剛氏自身もマスコミに露出しないため、マスコミの関心は次第に別の人物に移っていきました。それが、山田真貴子内閣広報官です。

 2月22日になると、東北新社から接待を受けていた人物のなかに、山田真貴子広報官の名前が挙がりました。山田広報官は、2019年11月6日に管正剛氏らから接待を受け、その飲食単価が74,203円だったことが明らかになります。

 すかさず立憲民主党辻元清美議員は、記者団に「どんなところに行っているんやろね。びっくりしたわ。こんな高いご飯、下心がなかったらおごらないと思う」と述べました。この後に、「7万4千円の接待」に批判が集中してゆきます。

 

謝罪しても許さない

 2月24日に山田広報官は、杉田和博官房副長官に対して、日時や場所、参加者、会食に至った経緯などを報告し、「国会において大きな問題として取り上げられており、国民の疑惑、疑念を招く事態となっていることを重く受け止め、その責任を痛感している」と述べました。

 翌25日には、山田広報官は衆院予算委員会に出席し、「公務員の信用を損なったことを深く反省する。申し訳なかった」と陳謝しました。そして、「心の緩みがあった。(東北新社が)利害関係者にあたるかどうかのチェックが十分でなかった」と釈明しました。

 こうした謝罪に対して、野党やマスコミは山田氏を許すことはありませんでした。それどころか、「反撃してこない相手には、どれだけ攻撃してもよい」といういじめの構造が出来上がってしまったのです。

 

一斉攻撃が始まる

 マスコミからは山田広報官に対して、「飲み会を断らない女」「3次会にも毎回出席していた」「若い時に民間事業者の中年男性とポッキーゲーム(ポッキーを両側から食べていく飲み会の余興)とかをちゃんとやっていた」などという、醜聞ともとれる情報が流されました。

 立憲民主党辻元清美議員は、一部地域の緊急事態宣言解除に伴う総理会見が取りやめになったことについて、「急に昨日の山田広報官出席での質疑が終わったあたりから、なくなったということを聞きましてね、怪しいなと。まさか、山田広報官隠しのために国民に説明をしないというような事態を招いているとすれば、山田広報官が障害になっていることになる」などと追及しました。

 さらに、タレントの松本明子さんが「7万4203円、うちの親子3人の月の食費とあんまり変わらない」と訴えると、すかさず辻元議員が、総務省の家計調査の数字を取り上げ、3人家族の月額食費と変わらないとツイートしました。

 ネット上では、「『ゴチになります』の最高設定額が5万8千円だから、それより1万2千以上高い」「7万円を超える高額接待 おみや付きでゴチになりますでもやっとったんか!」などという批判が並び、「ゴチ接待」などと揶揄されるようになりました。

 ワイドショーは、かつての大蔵省官僚の「ノーパンしゃぶしゃぶ接待」と比較して、「処分が甘い」とか「野党はもっと追及を」などという批判を繰り返しました。

 

山田広報官の辞任

 日本中からのバッシングを受け、山田真貴子内閣広報官は体調を崩して入院し、3月1日に広報官を辞任しました。これ以上のバッシングに晒されるのは、心身共に耐えられなかったのでしょう。

 辞任後も、山田氏へのバッシングは続きました。入院はこれ以上の追及を避けるための「山田隠し」だと言われ、ネットでは「コロナでベッドがないはずなのに、すぐに入院できるのはおかしい」「退職金は5千万から6千万円。これも税金から支払われる」などといった批判がされました。

 その一方で、女性初の内閣広報官を守ろうとする人や、山田氏のこれまでの労をねぎらう意見は見当たりませんでした。

 

なぜバッシングの対象になったのか

 それにしても、辞任する前までに山田広報官に向けられた疑惑は、「2019年11月6日に東北新社から74,203円の飲食接待を受けた」ことだけです。それ以上の接待を受けたことや、東北新社に便宜を図ったという事実は明らかになっていません。それにもかかわらず、山田広報官には、マスコミ、野党議員、評論家、芸能人、SNSから一斉にバッシングが向けられました。

 なぜ、これだけの接待を受けたことで、これほどのバッシングを受けることになったのでしょう。そして、他の官僚が非難を受けなくなるなかで、山田審議官だけが集中して非難を受け続けたのでしょうか。

 

男におもねって出世した?

 山田氏は、管内閣の内閣広報官の地位にありました。内閣広報官とは、特別職の国家公務員で、事務次官級の職位です。事務次官と言えば、各省庁における最高の地位です。つまり山田広報官は、国家公務員として最高の地位まで上り詰めたのであり、しかも女性としては初めての登用という名誉まで得ていたのです。

 その山田氏が、過去に「74,203円の飲食接待を受けた」ことが明らかになってマスコミや野党議員が追及すると、ここから山田広報官を引きずり下ろそうとする飽くなき非難が始まります。

 「飲み会を断らない女」「3次会にも毎回出席していた」「若い時に民間事業者の中年男性とポッキーゲームをやっていた」などという醜聞は、井戸端会議の域を出ない内容です。また、山田広報官は、安倍前首相や管首相から抜擢されたことから、「ジジ殺し」という陰口も叩かれました。これらの伝聞は、山田氏が今の地位を実力で勝ち取ったのではなく、世の男性たちにおもねって出世したかのような印象を与える目的があったと思われます。

 山田広報官と30年来の知り合いだという慶大大学院の岸博幸教授は、「この年代は女性キャリアが少ない。そうなると周りから声がかかりますから、うまく使って人脈を増やしていったんだろうなという気がします」と分析したうえで、山田広報官を「持ち上げすぎだなと思います」と語っています。苦境に立たされた際に助けようとしないばかりか、時流に乗って一緒に貶めようとする「30年来の知り合い」などは、本当に持ちたくないものです。

 

バッシングの目的は欲求不満の解消

  こうしてみると、山田広報官へのバッシングは、行政の不正を正すことが目的ではなかったことが分かります。森会長のバッシングでは、女性の地位向上を叫んでいた立憲民主党の女性議員たちが、今度は山田広報官という女性を引きずり下ろしたことからも、彼女たちの正義がいかに恣意的に叫ばれていたかが理解できます。

 山田広報官へのバッシングは、集団によるいじめそのものでした。その目的は、野党議員にとっては管内閣を貶めることにあり、一般の人々にとっては、新型コロナウィルスの緊急事態宣言によって鬱積していた欲求不満を解消させることにあったのではないでしょうか。

 山田広報官は、そのためのスケープゴートにされたのだと考えられます。(了)