日本人はなぜ自立できないのか(3)

 前回のブログでは、政府自民党は、ワクチン行政にしろ、ウクライナ戦争への対応にしろ、LGBT理解増進法にしろ、たとえその内容が国民の健康を害し、国の財政を悪化させ、日本の国柄を破壊するものであったとしても、ただただアメリカの意向に従うことしかできなくなっていることを指摘しました。

 そして、対米追従の姿勢においては、ワクチン接種推進一辺倒の報道や、ウクライナ戦争での反ロシア一辺倒の報道や、重大な問題を孕んでいるにもかかわらず報道すらされないLGBT理解増進法案の扱いをみれば、アメリカに都合の悪いことは一切報道しない日本のマスコミも同様です。

 さらに、わたしたち日本国民も、アメリカの意向には反抗できず、知らず知らずのうちにアメリカに追従してしまっています。そして、この追従が無意識のうちに行われていることに、この問題の深刻さがあるのです。

 今回のブログでも、引き続きこの問題について検討したいと思います。

 

LGBT理解増進法案を提出した自民党

 自民党は5月12日、党本部で性的マイノリティに関する特命委員会と内閣第1部会の合同会議を開き、LGBT理解増進法案に対する賛成者が11名、反対者が18名だったにもかわらず、採決をせずに法案の対応を幹部に一任しました。この幹部の中に、保守本流を自認する新藤義孝氏と古屋圭司氏がいました。

 続く5月16日の自民党政調審議会で、萩生田光一政調会長によってこの法案が阻止されることが期待されていました。ところが会議の冒頭で、萩生田政調会長は法案について「国民全体で互いの理解を深めることで、誰もが自分らしく暮らせる社会を実現したい。国会の審議を通じ、党に寄せられている懸念にも丁寧にこたえていきたい」と述べました。法案はそのまま了承され、同日に党の最高意思決定機関である総務会に諮られ、全会一致で承認されました。

 こうしてLGBT理解増進法案は、自民党の多くの議員の反対を押し切って、国会に提出されたのです。

 

自民党の保守派はなぜ寝返ったのか

 LGBT理解増進法をめぐって、保守の本流であると思われていた議員の寝返りが相次ぎました。この法案の成立に議員生命をかけ、今や自民党内の超リベラル派である稲田朋美氏は論外ですが、領土問題や憲法改正などの課題に積極的に取り組んできた新藤義孝氏、自民党総裁選挙で高市早苗氏の選対委員長を務めた古屋圭司氏、安倍氏の後継の一人と目されている萩生田光一氏がこの法案提出を推し進めたことには、保守派の人たちからは驚きと同時に、失望の声が上がっています。

 彼らはなぜ、日本の国柄を破壊しかねないLBGT理解推進法に対して、防波堤にならなかったのか。それだけでなく、あろうことか国会提出を推進してしまったのでしょうか。

 そこにはG7広島サミットをめぐる、自民党内の特別の事情があったのではないかと思われます。

 

それは秘書官の失言から始まった

 ことの発端は、今年の2月3日に始まります。

 10人ほどの記者に囲まれたオフレコ取材の場で、同性婚への見解を問われた荒井 勝喜(あらい まさよし)総理秘書官(当時)が、「見るのも嫌だ。隣に住んでいたら嫌だ。国を捨てる人が出てくる」と発言します。これを毎日新聞の記者が、ネットを通じて実名で報道してしまったのです。

 荒井氏は自らの発言を撤回して謝罪しましたが、メディアによる批判は収まりません。そこで岸田首相は、政権の方針と相いれない発言で言語道断だとして、2月4日に荒井氏を更迭しました。

 この発言は海外に飛び火しました。ロイター通信は、日本以外のG7各国では同性婚かそれに準じる権利が認められていると紹介した上で、「G7のリーダーたちを招く準備をしている岸田首相にとって恥ずべきことだ」と報じました。イギリスのBBCは、日本では伝統的な男女の役割や家族観が根強く、同性婚を認めていないとし、「岸田政権は支持率が急落している。秘書官更迭は新たな打撃」と報じました。

 この問題がG7広島サミットの足かせになることを怒れた岸田首相は、2月6日には、LGBT理解増進法案が今国会で成立するように茂木幹事長に指示しました。

 岸田首相のこの指示が、今回のLGBT理解増進法問題の根源にあるのです。

 

岸田首相の一世一代の晴れ舞台

 G7広島サミットは、岸田首相にとって最も重要視してきた国際会議であり、かつ一世一代の晴れ舞台でもありました。この晴れ舞台を成功させるために、岸田首相とその周辺は、全精力を傾けてきたと言えるでしょう。

 その甲斐あって、広島サミットは成功裡に終わりました。岸田首相が、「ゼレンスキー大統領と招待国のリーダーたちを引き合わせたセッションの場で、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を堅持し、力による一方的な現状変更は認めないことなどで認識の一致が得られたことは大変大きな意義を持つものだ」と述べたとおり、時の人であるウクライナのゼレンスキー大統領の来日を実現させたことは、広島サミットの意義を世界に発信するために有効に働きました。

 さらに、G7の首脳を原爆資料館に招いたうえで、G7としては歴史上初めて単独の核軍縮に関する『広島ビジョン』を発出したことも大きな成果だったと言えるでしょう。岸田首相が開催地として広島にこだわったのも、核軍縮のメッセージを世界に伝えた指導者として、歴史にその功績を残したかったからかも知れません。

 ただし、原爆資料館に訪れることを嫌がったバイデン大統領を説得して献花までさせるためには、さまざまな代償を払わなければなりませんでした。その一つが、LGBT理解増進法の成立に執念を燃やすエマニュエル在日米国大使と、その背後に控えるバイデン大統領への配慮でした。

 こうした状況において、今回のLGBT理解増進法案の国会提出は行われたのです。

 

自民党村の掟

 一連の流れは、自民党を一つの村社会として捉えると理解しやすくなります。

 岸田首相は、いわば自民党村の村長さんです。広島サミットは、岸田村長さんにとって一世一代の晴れ舞台でした。この晴れ舞台を成功させるためには、自民党村の村民は極力協力しなければなりません。それが村の不文律でした。

 ところが、この晴れ舞台を成功させるために、岸田村長さんは厄介な問題を持ち出します。それが、LGBT理解増進法案の扱いです。岸田村長さんは、LGBTに対する扱いが他の村に比べて遅れていると非難されることを心配しました。そこで岸田村長さんは、広島サミットという自分の晴れ舞台を成功させるために、村役たちにLGBT理解増進法案を国会に提出するように頼んできたのです。

 困ったのは、頼まれた村役たちでした。特に村の伝統を重んじる村役たちは、本心ではLGBT理解増進法案の成立には反対でした。かといって、晴れ舞台を前に意気込んでいる村長さんの顔を潰すわけにもいきません。困り果てた挙げ句に、村役たちはいい解決案を思いつきました。

 それがLGBT理解増進法案を国会に提出したうえで、審議しないまま廃案にすればいいという案です。そうすれば、岸田村長さんの顔を潰すこともなく、しかも本心では反対しているLGBT理解増進法を成立させずに済むからです。

 

反対者が多かったのに

 しかし、この解決案には問題もありました。

 まずは何よりも、LGBT理解増進法案には自民党村の人たちに反対者が多いことです。5月12日に行われた、党本部で性的マイノリティに関する特命委員会と内閣第1部会の合同会議で、LGBT理解増進法案に対する賛成者が11名、反対者が18名だったことからもそれが分かります。

 この会議では、採決をせずに法案の対応を幹部に一任しました。この幹部の中心人物である古屋圭司氏は、小川榮太郞氏との対談(『小川榮太郞の平和研チャンネル』)のなかで、「自由民主党は多数決はしないんです」「最終的な意思決定機関は総務会で、全会一致が原則です」と断言しています。

 その理由についてはこの後に述べますが、要するに古屋氏は、採決をせずに対応を幹部に一任したのは、これまでにも行われてきた自民党の正式な手続きを経ていると言いたかったようです。

 

自民党はなぜ採決を行わないのか

 ではここで、自民党ではなぜ採決を行わないのかについて検討しておきましょう。

 自民党はこれまで述べてきたように、一つの村社会と見なすことができます。村社会で最も需要視される掟は、集団の和を守ることです。

 集団の和を守ることを最優先するなら、多数決による決定は和を乱す行為になります。多数決を行えばその決定に反対の人間がいることが明らかになり、和が保たれていないことが衆目に晒されるからです。

 そこで自民党という村社会で編み出された方法が、総務会での全会一致という原則です。自民党の事実上の最高意思決定機関である総務会では、議題に反対する議員は、まず徹底的に反対意見を述べます。充分に話し合った後に、通常であれば多数決によって意思の決定がなされるでしょう。しかし、自民党の総務会はそうではありません。どうしても意見が折り合わない状況が生じた場合には、少数側の反対議員は、最終的に「こんなところにはいられない」とか、「トイレに行って来る」と言って部屋から退出します。そして、残っている議員たちだけで採決を行い、結果的に全会一致という形で方針を決定するのです。

 反対議員の主張を最後まで尊重しながらも、決定だけは全員一致で行うという究極の折衷案です。これなどはまさに、典型的な日本式の意思決定方法であると言えるでしょう。

 

今回の決定は禍根を残した

 この方法によって、自民党という村社会では集団の和が保たれてきました。しかし、今回のLGBT理解増進法案の扱いをめぐっては、必ずしも良い結果をもたらしませんでした。

 それは、国会提出の期限が迫っていたために、村人たちの不満が残されたまま、村役たちが一方的に岸田村長さんの意向を通そうとしたことです。LGBT理解増進法案に反対の議員が多かったにも拘わらず、反対意見を充分に汲み上げられなかったのです。このことが、反対議員たちの中に禍根を残した感は否めないでしょう。

 

 そして、さらに重要な問題は、自民党という村の掟が、外部の者からはよく分からないことです。この点については、次回のブログで検討しましょう。(続く)