安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(13)

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 前回のブログでは、安倍政権の新型コロナウィルス感染症対策に対して、評論家だけでなく、元政治家、元官僚、そして直接治療に当たっていない医療関係者が、良識の代表者として政府の批判を繰り広げてきたことを紹介しました。そして、彼らの主張は机上の理想論に過ぎず、現実の社会状況には合致しない、または実際に政策に活かせば、社会が回らなくなってしまうような批判であること指摘しました。

 彼らはなぜ、わざわざこのような批判を繰り返すのでしょうか。

 

建設的な非難であるのか

 現在は世界中で新型コロナウィルス感染症が蔓延し、人々の生活が破壊されているような危機的な状況です。日本においても危機的な状況にあることには変わりがなく、まさに非常事態にあると考えられます。国民全体が一致団結して危機を乗り越えなければならないような非常事態において、究極の理想論を述べて政府を非難することに一体どのような意味があるのでしょうか。

 もちろん、政府の政策を非難すること自体がいけないと言っているわけではありません。政府の方針が間違っていれば、それを正しい方向に導くために非難するような、建設的な非難であれはむしろ必要であると言えるでしょう。

 たとえば1月の段階で、中国からの渡航者をなぜ全面的に止めないのか、今は経済よりも感染拡大を抑え込むことの方が優先されるのではないか、というような政府批判です。こうした批判を行っている人たちの特徴は、政策に対して是々非々で批評を行っています。この政策は間違っているが、この政策は正しいと、自らの考えに基づいて主張しているのです。

 これに対して、政府の判断をすべて批判するという人たちがいます。彼らからは、政府の政策を評価するなどとんでもない、政府の政策を批判することこそわれわれの役割だ、という使命感とさえ言える姿勢を垣間見ることができます。彼らの意見は、批判のための批判です。政府の政策を批判するという目的がまずあって、その目的のために批判できるところを探し出し、それを見つけたら徹底的に批判を繰り返します。PCR検査数が少ないという批判が、その代表例でしょう。

 

出口戦略を数字で示せという批判

 同じような批判が、緊急事態宣言の延長に対しても行われています。

 5月4日に安倍総理は、5月6日までとしていた非常事態宣言を、全国一律で5月31日まで延長する方針を発表しました。安倍総理はその中で、宣言解除の目安について次のように述べました。

 

 14日をめどに専門家に状況を改めて評価してもらう。地域ごとの感染者数の動向、医療提供体制の逼迫状況などを詳細に分析し、可能だと判断すれば期間満了を待たずに緊急事態を解除する。

 

 この方針に向けられた批判でもっとも多かったのは、緊急事態宣言を収束させる際の出口戦略が具体的に示されていない、というものでした。そして、緊急事態宣言を収束させる際の目安を、数字で具体的に示せという主張でした。

 しかし、緊急事態宣言を解除する目安を、全国一律に数字で示すことはできません。それは、新型コロナウィルス感染症には、他の感染症にはみられない特徴があるからです。

 

新型コロナウィルス感染症の特徴

 新型コロナウィルスの特徴して特筆されるのは、クラスターやメガクラスターを形成することです。最近も、ガーナの水産加工場内で、1人の従業員から533人に感染が広がったという報道や、ロシアでは24時間で感染者が1万1656人増えたという報道がありました。このような増加は、指数関数どころではありません。まさに爆発的な感染拡大だと言えるでしょう。

 もう一つの特徴は、無症状であった人が突然重症化する例があることです。風邪様の症状がなく、発熱もなかったのに急激に重症の肺炎が発現したり、ひどい場合は家族が半日離れている間に亡くなっていたという例さえ報告されています。こうした突然の重症化は、高齢者だけに起こるとは限りません。数は少ないとはいえ、壮年者や若年者でさえ認められる現象です。5月13日には、28歳の現役力士が新型コロナウィルス感染症で亡くなったというショッキングなニュースが報じられました。

 新型コロナウィルスはよくインフルエンザと比較され、少し重い風邪だと表現する人がいますが、インフルエンザや風邪ではこのような突然の重症化や、健康だった若年者の死亡例がみられることはありません。

 緊急事態宣言を解除するためには、以上のような新型コロナウィルス感染症の特徴を踏まえて戦略を立てなければなりません。

 

感染経路が追えること

 新型コロナウィルス感染症の特徴を踏まえたうえで、緊急事態宣言を解除する条件を考えてみましょう。

 クラスターやメガクラスターを形成する新型コロナウィルス感染症を封じ込めるためには、次のような対策が必要です。クラスターやメガクラスターは、密閉、密集、密接のいわゆる3密の状態によって生じることが分かっています。そうであれば、感染者を3密に近づけない対策を採ることが必要になります。そして、非感染者を、密閉、密集、密接の3密の状態から遠ざけることも必要です。

 こうした対策を行うためには、陽性者の感染経路が追えていなければなりません。感染経路上にある人を把握し、彼らの行動を監視することが、新たなクラスターやメガクラスターの発生を防ぐために重要になるのです。

 

重傷者のベッドが確保されていること

 新型コロナウィルス感染症には、無症状であった人が突然重症化すること、老年者だけでなく若年者の死亡例すら認められるという特徴があります。そのため、入院治療が必要になる感染者への病床の確保が必要になります。特に、人工呼吸器や体外式膜型人工肺( ECMO)が必要になるような重症者の治療が行える集中治療室のベッド確保は、死亡者を減らすためには必要不可欠になるでしょう。

  各都道府県では、新型コロナウィルス感染症に対応するためのベッドを用意しています。こうした新型コロナウィルス対策病床の空床率、つまり用意された新型コロナウィルス感染症ベッドががどれだけ空いているかによって、重症者の治療が滞りなく行えるか、そして死亡者をいかに減らせるかが決定されるといっても過言ではありません。このように緊急事態宣言を安心して解除するためには、重症者のベッドがどれほど確保されているのかが重要な指標になります。

 

全国で統一した数字は出せない

 以上のように、緊急事態宣言を解除して日常生活を取り戻していくためには、クラスターを発生させる可能性のある感染経路を追えていること、そして重傷者を治療できるベッドが確保されていること、という二つが重要なポイントであることが分かります。

 しかし、考えてみてください。この二つのポイントは、各都道府県によって大きく異なるはずです。そもそも発生したクラスターの数、感染者数、感染経路の数は、各都道府県で異なります。そして、刻々と変化するこれらの要因を把握して検討し、対策を立てる感染対策班の人員も各都道府県によって差があります。

 つまり、新規感染者数のうち、感染経路が追えない人たちがどれくらい減少すればいいのかという数字は、各都道府県の感染経路の数と、それに対処する人員のキャパシティーによって異なってきます。

 また、人工呼吸器や体外式膜型人工肺( ECMO)が必要になるような重症者の治療が行える集中治療室のベッド確保も、各都道府県によって大きな差があります。一人当たりの病床数が大きく異なっており、さらに重症者を治療できる集中治療室のベッド数も各都道府県によって異なっています。そのためすぐにキャパシティーを超えてしまう都道府県と、病床数に余裕がある都道府県が存在します。したがって、緊急事態宣言を解除する条件としての、新型コロナウィルス対策病床や集中治療室の空床率は、全国的に統一された数字を出すことはできないのです。

 

都道府県によって異なる指標が必要

 以上の検討から分かるように、緊急事態宣言を解除して外出自粛や休業要請を緩和するための基準は、各都道府県で独自に設定する必要があります。

 以下は、大阪府岐阜県が設定した、それぞれの基準です。

 

 大阪府の外出自粛、休業要請緩和の判断基準

  ・新規感染者のうち感染経路不明の人数(直近7日間の平均) 10人未満

  ・検査に占める陽性の割合「陽性率」(直近7日間の平均)  7%未満

  ・重症患者用の病床使用率                 60%未満

   3項目とも7日連続で達成すれば緩和

 

 岐阜県の外出自粛、休業要請緩和の判断基準

  ・新規感染者数      週に7人未満

  ・PCRの陽性率      週の平均が7%未満

  ・感染経路の不明者数   週に5人未満

  ・入院患者数       60人未満

  ・重篤患者数       3人未満

 

 判断基準のうち、感染経路が不明な人数や重症患者数が異なっています。それは大阪府岐阜県では、規模も人口も医療資源も異なっているからです。

 ちなみに、PCRの陽性率が7%未満という基準が共通しているのは、西欧諸国において陽性率が7%未満の国で死亡者が少なかったこと、アジアでも陽性率が7%以上の国々で感染者の増加が続いたという解析結果に拠っています。

 陽性率7%未満とは、PCR検査を100人行ったら陽性を示した人が7人未満であることを現わします。一般的には陽性率が高ければ、それだけ感染者が多いことを意味しますが、陽性の可能性の高い人を選んでPCR検査を行っても陽性率は上がります。したがって、PCRの陽性率が7%以下であるということは、感染者数が少なくなっているか、またはPCR検査が限定されていない、つまり比較的広範囲に検査が行われていることを示しています。

 この数値目標は、PCR検査の陽性率が7%を下回ることを目指せるまでに感染者が減っている、またはPCR検査が充分に行える状況が整っていることを示唆しているのです。

 

 以上で検討してきたように、緊急事態宣言を解除する目安を、全国一律に数字で示すことはできません。数字で現すことができるのは、外出自粛や休業要請緩和の判断基準を、各都道府県が自らの状況に合わせて提示することだけです。

 このように緊急事態宣言解除の基準が曖昧だという安倍政権への批判も、批判のための批判に過ぎないとわたしは思います。(続く)