安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(12)

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 前回までのブログでは、PCR検査が少ないという非難に対して、医療は新型コロナウィルス感染症に対して相応の対応が出来ており、日本の死亡者数は低く保たれていることを紹介しました。そしてPCR検査を増やすためには、症状の軽い感染者を収容できる施設、それは医療関係者の常駐とパルスオキシメーターなどの医療機器を備えた施設の充分な確保が必要であることを指摘しました。

 今回のブログでも、安倍政権が批判を受け続けている理由を検討したいと思います。

 

PCR検査が少ないという批判

 5月4日に安倍総理は、5月6日までとしていた非常事態宣言を、全国一律で5月31日まで延長する方針を発表しました。わたしは、これは妥当な判断だったと思いますが、この発表の席でも、記者からPCR検査の拡大が進んでいないことへの質問が出されました。PCR検査数の少なさが、相変わらず安倍政権の新型コロナウィルス感染症対策を批判するアイテムになっているようです。

 PCR検査の少なさを訴える評論家は、「途上国レベルの日本のPCR実施件数」、「PCR検査の不十分な体制は日本の恥」、「明らかに政府が無能」などと辛らつな言葉で政府を批判します。

 この意見を根底で支えているのは、実は医療関係者です。その代表が公衆衛生学者である岡田晴恵白鴎大学教育学部教授や、上昌広(かみ まさひろ )特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所理事長です。両氏はテレビやSNSで、PCR検査拡充の必要性を何度も何度も訴え続けてきました。

 さらに上氏は、日本の死亡者数が少ないのは、PCR検査がされていないからだとまで主張します。つまり、新型コロナウィルス感染症と診断されないまま、別の疾患で亡くなったとして処理されているというのです。実に、驚くべき指摘です。

 

PCR検査を拡大した国では医療崩壊が起きた

 「PCR実施件数が途上国レベル」の日本に対して、数十倍ともいわれる件数を行ってきた欧米の先進諸国はどうなったでしょうか。多くの国で感染爆発が起き、患者が殺到した病院では医療が崩壊して多数の死亡者を出し、感染拡大を防ぐために都市封鎖が行われています。感染爆発が起こった直接の原因はPCR検査にはありませんが、PCR検査を拡大したために陽性者が医療機関に殺到し、そのことが医療崩壊を導いた要因の一つになっていることは否定できないでしょう。欧米諸国で起こった事態を目の当たりにしても、PCR検査を拡充することに本当に意味があると言えるのでしょうか。

 PCR検査を徹底して行い、しかも死亡者数を最小限に抑えてる韓国の例があるではないかという反論があるかも知れません。確かに韓国はPCR検査を多数行ったうえで、感染の封じ込めに成功しています。しかしそれは、韓国には感染症に対する対策があらかじめ存在していたからです。

 韓国では、2015年5月に中東呼吸器症候群(MERS)の感染拡大を許してしまった苦い経験から、PCR検査を受けられる体制を整えると同時に、全国に347カ所の国民安心病院と638カ所の選別診療所が創設されています。国民安心病院とは、院内感染を防ぐために、呼吸器疾患を抱えている患者を他の患者と分離して診療する病院です。さらに新型コロナウィルス感染症患者との接触がみられる場合には、選別診療所で診療を受けることが推奨されます。そして、新型コロナウィルス感染症と確認された患者は、重症者は全国に70カ所ある感染症指定医療機関に、軽症者は全国に21カ所ある生活治療センター(約3400人収容可能)に入所する仕組みが整えられていました。

 韓国ではこのように、感染症に対する制度がすでに確立していたために、PCR検査を多数行っても感染爆発を誘発しなかったのです。

 充分な準備ができていなかった日本でもし同じことをしたなら、欧米諸国と同じような道をたどったでしょう。

 

肺炎の死亡者にPCR検査が行われていないという誤解

 次に、日本の新型コロナウィルス感染症の死亡者数が少ないのは、死亡者に対してもPCR検査が行われていないからだという指摘はどうでしょうか。

 最近、突然亡くなった人が、後にPCR検査で陽性だったことが分かったという報道が散見されるようになりました。そのため、本当は新型コロナウィルス感染症で亡くなったにもかかわらず、そのようにカウントされていない人が多数いるのではないかという疑問が呈されています。つまり、PCR検査が不充分なため、表面上は他の疾患(例えば他のウィルスや細菌による肺炎)と誤って診断された、新型コロナウィルス感染症の死亡例がたくさん隠されているというのです。

 この主張は、医療の現場に多少でも関わった人であれば、あり得ないことだということが分かります。

 PCR検査を受けないまま、新型コロナウィルス感染症で亡くなった人が病院で生じたとしましょう。一般の肺炎治療では、医療関係者が新型コロナウィルス感染症にするような、厳重な感染予防をして治療に当たることはありません。そのため、もしそうと知らないままで新型コロナウィルス感染症の治療を行ったとしたら、治療に関わった看護師、医師、そして他の患者さんに感染することが起こります。感染した人たちがさらに他の看護師、医師、患者さんに新型コロナウィルスを感染させ、その病院では院内感染が蔓延します。そうなれば病院はたちまち、クルーズ船のようなメガクラスターと化してしまうでしょう。

 このような事態が起こらないように、入院治療が必要な肺炎の患者さんには、血液検査やCT検査を行ったうえで、優先してPCR検査が行われているのです。

 

机上の理論と現実は異なる

 新型コロナウィルス感染症PCR検査を可能な限り迅速に行い、診断のついた感染者を早急に治療に結びつけることが、理論上は最も正しい方法だと考えられます。しかし、メガクラスターを形成して感染爆発を引き起こす新型コロナウィルスに対して、充分な医療体制が整っていない段階でPCR検査を拡大することは、感染拡大や医療崩壊を引き起こし、結果的に死亡者の増大を引き起こすことに繋がります。

 理論上ではPCR検査の早期拡充が必要ですが、現実的にPCR検査を拡大するためには、症状が軽い感染者を収容できる施設、それは医療関係者の常駐とパルスオキシメーターなどの医療機器を備えた施設の充分な確保が必要不可欠です。

 加えて今後は、感染早期の段階で有効であると考えられるアビガンが承認され、一般病院でも使用できることも重要になります。治療薬があればこそ、早期に診断する意味があるからです。

 わたしたちは、軽症者を収容できる施設と、早期の治療薬であるアビガンの保険適用が揃うことによって、初めて安心してPCR検査の拡張が行えるようになることを肝に銘じておく必要があります。

 

評論家の責任

 机上の理論と現実の医療には、以上のような截然とした違いが存在していること忘れてはなりません。

 同じことが、他の分野の評論家にも言えるのではないでしょうか。最近のテレビでは、多くの評論家の批評が毎日の番組を彩っています。芸能人は論外としても、元政治家、元官僚、そして直接治療に当たっていない医療関係者が、良識の代表者として政府の批判を繰り広げています。

 これまでに述べてきたように、医学の分野で言えば彼らの批評は理想論に過ぎず、現実の政策には合致していないとわたしは考えています。

 同様に政治、経済の分野でも、同様のことが言えるのではないかと推察します。すなわち、彼らは究極の理想論を述べているだけで、現実の社会状況には合致しない、または実際に政策に活かせば、社会が回らなくなってしまうような批判を繰り返しているのではないでしょうか。

 

元政治家たちの訴え 

 たとえば元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏が、5月5日放送のフジテレビ「直撃LIVE グッディ!」にリモート出演し、安倍内閣の新型コロナウィルス感染症の対策を徹底して非難しました。

 その中で橋下氏は、緊急事態宣言延長に対する中小企業に対する補償問題を取り上げ、国が主導するべき補償対策がまったく不充分であることを指摘しました。その要因として財務省の抵抗を挙げていますが、彼は「今は非常時であるから財政破綻しても構わない、ハイパーインフレになっても構わない。そうなったら戦後の焼け野原と同じように再出発すれないいのではないか。そう言って官僚を説得するのが政治家の役割だ」と主張しました。

 彼の主張自体は、わたしもその通りだと思います。しかし、自らの主張を強引ともいえる手法で通そうとし、その結果として大阪都構想という政策を実現できずに、政界を引退したのが橋下氏だったのではないでしょうか。同様に上記の主張においても、財務省の官僚を説得し、財政破綻を覚悟で多額の財政支出を行わせることは簡単なことではないでしょう。

 つまり、橋下氏の主張は理論として正しいとしても、実現させることは困難であり、現実の政策には即していないと思われます。

 

経済活動の再開を訴える

 同様に、舛添要一東京都知事が挙げられます。

 安倍総理の緊急事態宣言延長に対して、舛添氏は「私は実効再生産数を出せと要求してきたが、やっと専門家会議が1日の会見で出した。全国は0.7、東京都は0.5に低下。しかも感染者数は大幅に減少」と指摘したうえで、「延期の理由は医療崩壊だというが、経済を止めなくても医療体制は再構築できる。私のIQでは、安倍首相の決定は理解不能だ」と批判しました。

 わたしには、実効再生産数をもとにした「経済を止めなくても医療体制は再構築できる」と言う意見こそ、現実的な判断ではないとしか思えません。

 

実効再生産数で判断できるのか

 「実効再生産数」とは、1人の感染者から二次感染者が生まれる数の平均値です。たとえば実効再生産数が2ならば、1人の感染者が2人に感染させることを示します。2人の感染者がさらに2人に感染させますから、これが繰り返されると感染者は指数関数的に増大していきます。一方で、実効再生産数が0.7であれば、10人の感染者が7人にしか感染させませんから、全体の感染者は減少して行きます。舛添氏は実効再生産数が全国で0.7、東京で0.5まで低下していることを根拠に、経済活動の再開を訴えているのです。

 しかし、新型コロナウィルスには、クラスターやメガクラスターを形成するという特徴があります。新型コロナウィルスは濃厚接触でも感染しない例がある一方で、一人の感染者が一気に多数の人に感染させる現象があることが分かっています。感染が起こった患者の集積のうち、5人以上のものをクラスター、さらに非常に多くの感染者の集積が生じた場合をメガクラスターと呼びます(以上の詳細は、4月5日のブログ『(安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(番外編)日本の新型コロナ戦略 ①』をご参照ください)。

 実効再生産数が1以下になっているのは、人との接触の8割減を目指して、国民全体が協力して外出を控えているからです。しかし、緊急事態宣言が解除され、早期に経済活動が再開されれば、クラスターやメガクラスターが全国で多発するかもしれません。そうなれば感染者数は一気に増加し、実効再生産数は簡単に1以上に跳ね上がってしまうでしょう。

 このように新型コロナウィルス感染症においては、実効再生産数は大きく変動する指標であることがわかります。現在再生産数が低下しているからといって、今後も縮小傾向が保証されるとは限りません。いつ実効再生産数が増加に転じるかが予想できないのです。したがって実効再生産数は、経済活動再開の目安としては適切なものではないと考えられます。

 わたしは、経済活動再開の目安としては、感染経路が不明な新規感染者がいかに減っているかが最も重要であると考えます。感染経路が追えていれば、新たなクラスターやメガクラスターの発生を未然に防ぐことができ、経済活動を再開しても感染拡大を防止できるからです(この点の詳細については、また別の機会に述べるつもりです)。

 

 いずれにしても、舛添氏の発言から明らかになったのは、IQの高さと現実の政治力との間には、正の相関関係が成立しないということではないでしょうか。(続く)