安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(15)

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 今年に入ってから日本にも新型コロナウィルスの武漢株が流入し、3月23日までに推定で6,300人もの感染者が生じる事態になっていました。

 ところが日本では、これ以上の武漢株の蔓延は起きませんでした。厚労省の感染対策本部が行った新型コロナウイルスへの感染症対策、安倍総理が行ったイベントの開催についての中止・延期要請、世界に先駆けて全国全ての学校への臨時休校の要請、そして日本人の手洗い、うがい、マスク、入浴等の習慣が感染の抑制に有効に機能しました。さらに、(日本株での)BCGが行われてきたことも加わって、新型コロナウィルス感染症は、日本では4月末までに終息させることができるはずでした。

 しかし、ことはそう簡単には進みませんでした。武漢株から変異し、感染力と病原性が格段に強力になった欧米株が、3月中旬から日本に流入し始めたからです。

 その結果3月24日以降に、日本の新規感染者数は急激に増大し始めました。日本には、新たな危機が迫っていたのです。

 

東京はニューヨークのように感染爆発を起こす

 安倍総理が4月7日に、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県を対象に緊急事態宣言を行った際には、海外のメディアは、日本の対策は不充分であり、東京は感染爆発を免れないだろう、そして、2週間後にはロンドンやニューヨークのようになるだろうと予測しました。

 WHOのテドロス事務局長の上級顧問を務める渋谷健司氏は、HUFFPOST日本語版の中で、「東京は感染爆発の初期に当たると見ています。(中略)東京は、このままいけば急激に感染者が増えるでしょう。本当なら先週4月1日が緊急事態宣言を出す最後のチャンスだったが、それを逃してしまった。できれば都市封鎖くらいのことをやらないと、東京に関してはもう手遅れかもしれません」と述べました。

 ところが、都市封鎖をしなかったにもかかわらず、東京では感染爆発は起こりませんでした。日本全体でも新型コロナウィルスの感染は抑えられ、5月25日には、北海道、東京、神奈川、埼玉、千葉の5都道県で継続されていた新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言が解除されました。安倍総理は記者会見で「世界的にも極めて厳しいレベルの解除基準を全国的にクリアした」と述べました。

 なぜ日本では、新型コロナウィルスの欧米株が蔓延することがなかったのでしょうか。

 

政府の感染対策

 拡大する新型コロナウィルス感染症に対して、政府はどのような対策を行ったのでしょうか。

  以下は新規感染者数の変遷と、政府の対策を照らし合わせた図です(JX通信社 「新型コロナウィルス 最新感染状況マップ」を転用)。

 

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                  図1

 

 欧米株の流入によって増加を始めた新型コロナウィルスの新規感染者は、4月11日をピークとして以降は減少に転じました。その要因を検討してみましょう。

 第一の要因は、3月27日に行われた欧州21カ国からの入国拒否、30日に行われた欧州全域と北米からの入国拒否の効果でしょう。この効果が2週間ほどたって徐々に現れてきたと考えられます。

 なお、図1には書かれていませんが、3月14日に総理大臣官邸公式Twitterで、3月28日には安倍総理が直接記者会見で「3つの密」を避けるように呼びかけたこと、そして、志村けんさんが3月29日に新型コロナウィルス感染症で亡くなったことも、人々の感染予防への意識を高めたと思われます。

 

緊急事態宣言は遅すぎたのか

 安倍総理が緊急事態宣言を出す時期が、遅すぎたという非難をよく聞きます。緊急事態宣言が感染のピークが過ぎてから発令されたため、感染者の減少には効果がなかったという指摘です。本当にそうでしょうか。

 現在の感染状況は14日前の状態を反映している、とよく言われます。そうであれば図1にあるようように、全国への緊急事態宣言はもとより、7都道府県に対する緊急事態宣言も効果がなかったようにみえます。

 しかし、14日という数字は、「感染後14日たっても発症しなければ隔離を解除する」と言われるように、潜伏期間の最長日を現わしています。つまり、あるX日に感染した後に発症した人がすべて出揃うのが14日後であり、この数字はX日に起きた感染が、累計感染者数にどのような影響を与えたかを示しています。一方でこの14日という期間は、新規感染者数に現れる影響を見るためには適切ではないと思われます。X日に起きた感染が新規感染者数に与える影響をみるためには、平均潜伏期間を用いなければなりません。

 The New England Journal of Medicine の論文によれば、新型コロナウィルス感染症の平均潜伏期間は5.2日、4日~7日の潜伏期間という結果が示されています。平均潜伏期間で判断すれば、7都道府県に対する緊急事態宣言が発令されてから5日後に最初のピークが減少に転じ、全国に緊急事態宣言が発令されてから3日後と9日後に第2、第3のピークが減少に転じているのですから、いずれの緊急事態宣言も新規感染者数の減少に効力を発揮したと考えることができます。

 

武漢株の蔓延が日本社会に与えた影響

 もう一つ忘れてはならないのは、日本ではすでに新型コロナウィルスの武漢株が蔓延していたということです。

 前回のブログで検討したように、日本では3月23日までに、推定で6,300人もの感染者が生じる事態になっていました。それは3月5日に中国全土からの入国制限を行うまでに、中国人観光客184万人を入国させたからですが、そのために日本社会には武漢株ウィルスが大量に入り込みました。

 3月23日までに6,300人もの武漢株の感染者が出ていたとすれば、この時点で日本では、どれほどの人が武漢株ウィルスの危険に晒されていたのでしょうか。これをシュミレートしてみる格好のサンプルがあります。武漢で感染爆発が起こっていた時期に、政府のチャーター機で帰国した人たちです、

 チャーター機で帰国した828名のうち、新型コロナウィルスに感染していた人は14名でした。これが、感染爆発を起こした際の感染率のサンプルになると考えられます。

 この場合の感染率は、14÷828×100≒1.69% です。

 この感染率から逆算すると、3月23日時点での日本の感染者数が推定6,300人ですから、

 6,300÷1.69×100≒372,781

となり、37万3千人もの人々が、武漢市に滞在していた日本人と同様に、新型コロナウィルスの危険に晒されていたことになります。

 日本では3月23日の時点でも感染爆発は起こっていませんでしたから、実際の感染率は1.69%より低い数字になるでしょう。そうすると武漢ウィルスの危険に晒されていた人たちは、上述の計算結果よりさらに多かったと思われます。

 

武漢株ウィルスの流入が防波堤になった

 以上のように、184万人もの中国人観光客を迎え入れたために、日本社会には武漢株ウィルスが大量に入り込むことになりました。この事実が、その後の欧米株の流入にどのような影響を与えたのでしょうか。

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                図2

 

 図2は、大阪大学免疫学フロンティア研究センター招聘教授の宮坂昌之氏が、BCG接種がヒトの免疫を活性化させ、結核菌だけでなく、新型コロナウィルスをも排除する働きをしたのではないかという推論を説明するために示したものです。

 この図のように、日本株のBCGを接種した日本人は、自然免疫だけでなく、獲得免疫も活性化されて新型コロナウィルスの排除が容易になっていると考えらえます。

 この図のワクチン接種の部分に、新型コロナウィルス武漢株を当てはめてみたらどうでしょうか。やはり自然免疫と獲得免疫が活性化され、新型コロナウィルスに対する抗体が獲得されたり、抗体が獲得されなくともキラーT細胞の活性化が促進されます。すると武漢株に暴露した人々は、より強力な欧米株に暴露したとても、このウィルスを排除する力が強くなっていたのではないでしょうか。

 つまり、はからずも流入させてしまった大量の新型コロナウィルス武漢株は、日本人の新型コロナウィルスに対する免疫機能を活性化させ、そのことがより強力な欧米株が流入した際に、欧米株の拡散に対する防波堤の役割を果たしたのだと考えられます。

 日本はこうして、新型コロナウィルス欧米株の封じ込めに成功した、世界で初めての国になったのです(中国を含めた東アジア、オセアニアで封じ込めに成功している国々の新型コロナウィルスは、武漢株であったと考えられます。これらの国々では、日本と違って早い時期から、欧米も含めた外国からの入国拒否を実施していたからです。もしそうであれば、これらの国々で欧米株が新たに流入した際には、より激しい第2波となって感染が拡がることが予想されます)。

 

 以上のように捉えると、安倍内閣の新型コロナウィルス感染症に対する対策は、間違っているどころか、結果的にみれば非常に有効であったことが分かります。

 では、なぜ安倍内閣の政策は全く評価されず、安倍総理の支持率は下がり続けているのでしょうか。日本の感染対策が成功したことと並んで、もう一つのミステリーであると言えるでしょう。(続く)