東京五輪はなぜ無観客になったのか 見えない影に怯える人たち(3)

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 前回のブログでは、イギリスやアメリカがスポーツの観戦を始め、日常生活の制限を解除した理由を検討しました。EURO2020(サッカー 欧州選手権)やウィンブルドンテニス、さらに全英オープゴルフを有観客で開催したイギリスでは、連日5万人を超える感染者(正確にはPCR陽性者)を出しました。これは日本で言えば、連日10万人ほどの感染者を出していることに相当します。

 それにも拘わらずジョンソン首相は、行動制限を解除する方針を変えていません。もし、日本で管首相が同じ政策を採ったならば、政権は間違いなく転覆することになるでしょう。

 多くの感染者を出しながらも行動制限を解除した欧米諸国、一方さざ波ほどの感染者しか出していないのに、オリンピックを無観客で開催しようとしている日本。この両極端な対応は、いったいどちらが正しいのでしょうか。その検討を行うためには、新型コロナウィルス感染症を正しく理解することが必要です。

 

致死率と感染力によって対応が異なる

 ウィルス感染症に対しては、致死率の高いウィルスと感染力の高いウィルスでは、対応が全く異なります。

 ここで致死率の高いウィルスを挙げてみましょう。

 

 鳥インフルエンザ(H5N1型) 59%

 エボラ出血熱          50%

 MARS                              35%

 SARS                               10%  

 

  こうした高い致死率を示すウィルス感染症への対応は、ウィルスの根絶を目指します。

 致死率の高い感染症は症状が重篤になり、感染者の活動性が衰えるため、通常は感染力は高くなりません。そのため、ウィルスを封じ込めて、根絶させることが可能になります。

 立憲民主党が掲げる「ZEROコロナ」は、こうした致死率の高い感染症には適した政策であると言えるでしょう。

 

インフルエンザは毎年1千万人が感染する

 これに対して、感染力の高い感染症の場合はどうでしょうか。

 昨年は新型コロナ感染症の流行によるウィルス干渉によって激減したインフルエンザですが、例年は日本では1千万人(!)の人が感染します。そして、インフルエンザが直接の死因になる人が3千人強、これにインフルエンザによって持病が悪化して亡くなるインフルエンザ関連死を合わせると、1万人の人が亡くなっています。

 すると、インフルエンザによる致死率は、

 

 10,000÷10,000,000×100=0.1(%)

 

 になります。

 これほどの流行を示すウィルス感染症を、封じ込めることは不可能です。そのため、わたしたちは健康を維持して免疫力を高め、ワクチンを打つなどしてインフルエンザに対処しています。一方で、0.1%の致死率の感染症のために、行動制限をしたり、経済活動を止めるようなことはしないでしょう。

 

新型コロナの感染力は旧型コロナの6倍

 では、新型コロナウィルスは、どちらの部類に属するのでしょうか。

 新型コロナウィルという名称からも分かりますが、コロナウィルスには旧型が存在します。この旧型コロナウィルスは、実は風邪と呼んでいたものの3割程度を占めています。わたしたちは、毎年のように旧型コロナ感染症にかかっているのです。

 新型コロナウィルスは、従来の旧型コロナウィルスの6倍の感染力があると言われています。多くの人が感染する風邪の6倍の感染力があるのですから、新型コロナ感染症は、瞬く間に世界中に拡がりました。

 問題は新型コロナウィルス感染症の致死率です。昨年の2月末に、WHOと中国当局の専門家が感染が確認されたおよそ5万6000人のデータを分析した際の致死率は3.8%でした。各国の対策や治療努力によって、致死率は徐々に下がってきています。

 7月20日時点における世界の感染者数は1億9078万7754人、死者数は409万3572人ですから、致死率は

 

 4,093,572÷190,787,754×100≑2.1(%)

 

 になります。

 一方、7月20日時点における日本の感染者数は84万4368人、死者数は1万5011人ですから、致死率は

 

 15,011÷844,368×100≑1.8(%)

 

 になります。

 つまり、新型コロナウィルスは、感染力が強いうえに、致死率は現在でもインフルエンザの18倍から21倍ほどあるという、やっかいな性質を有しているのです。

 

新型コロナの対策は致死率を下げること

 新型コロナ感染症の対策として、各国は当初、感染者を封じ込める政策をとりました。そのために、感染者を入国させない水際対策を徹底させました。

 感染が拡大し始めた当初は、この対策に成功した国々もありました。しかし、いったん世界中に広まったウィルスを、完全に封じ込めることはできません。一度は排除に成功しても、ウィルスは世界中から何度でも侵入してくるからです。さらに、ウィルスが変異を繰り返してその性質を変えることも、対策を困難にさせる要因になるでしょう。

 そのため新型コロナウィルスへの対策は、致死率を下げることに向けられるようになりました。

 

緩やかに感染させる

 致死率を上げてしまう最も大きな要因は、新型コロナウィルスの感染がオーバーシュートを起こすことです。急激に感染が拡大すれば、医療が崩壊してしまい、助けられる命も助けられなくなってしまいます。各国は感染の急拡大を防ぐために、非常事態宣言を出して、強制的に国民の行動を制限しました。それは感染をなくすためでなく、感染の発症を減らし、急速な拡大を抑えるためでした。

 日本には憲法に非常事態条項がないため、行動制限を強制する法的根拠がありません。しかし、日本人は自主的に行動を抑制しました。それだけでなく各人が、マスク、手洗い、うがいを徹底して行いました。

 その結果、日本では感染の急拡大は起こりませんでした。識者が何度も「東京は2週間後にはニューヨークのようになる」「対策を全く取らない場合、日本国内では約85万人が重篤患者となり、うち約42万人が死亡する」などと警告しましたが、そのようなことは全く起こりませんでした。

 以下は、百万人あたりの新規感染者数(7日平均)の国別の推移です。

 

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                 図1

 

 図1は、日本の感染者数は「さざ波」と発言して非難され、後に内閣官房参与を辞任した高橋洋一氏のブログから引用したグラフです。日本は感染者数の増え幅が小さく、他国の急峻な波に比べれば、まさにさざ波程度の増加率であることが分かります。 

 それなのに、なぜ日本では、医療の現場で病床が不足したのでしょうか。それは、政府および政府の分科会が、感染拡大防止策ばかりを訴え、感染が拡大した際の対策を立ててこなかったからです。さらに都道府県の知事が、新型コロナ感染症の拡大を想定し、病床を増やす準備を怠ってきたからです。

 

死亡者数の抑制

 それにも拘わらず、実際に現場で治療に当たっていた医療関係者は、感染症の治療に専心しました。その結果、新型コロナ感染症による関連死亡者数は、7月23日現在で1万5116名に抑えられてきました。

 この人数が多いのか少ないのかを検討するために、まず各国との比較を行ってみましょう。

 以下は、人口100万人当たりの、各国の死亡者数の推移です。

 

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                   図2

 

 図2で分かるように、多くの国では、死亡者数の急拡大を現す大きな波が出現しています。これに対して、地を這うように推移している赤い線が日本です。感染者数と同様、死亡者数も各国と比べれば少ない数で推移しているのです。

 

超過死亡率がマイナス

 さらに、驚くべき数字があります。それは超過死亡率です。

 超過死亡率とは、特定の母集団の死亡率が一時的に増加し、本来想定される死亡率の取りうる値を超過した割合のことをいいます。つまり、平年の死者数をもとにした予想死者数と比べて、どの程度死亡者数が増加したのかを見るための指標です。新型コロナウィルス感染症によって超過死亡率がどれほど増加したのかをみれば、この疾患が与えた真の影響がわかります。

 以下は、6月10日にイギリスのBBCが報道した、昨年の3月から今年の2月までの主要国の超過死亡率です。

 

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                 図3

 

 図3で示されているように、アメリカやイギリスでは、例年に比べて死亡者が約20%増加しています。これに比べて、日本は超過死亡率が-1.4%になっています。つまり、日本はコロナ渦にも拘わらず、例年よりも死者が減少していることを意味します。

 これはどういうことでしょうか。

 日本人は新型コロナウィルス感染症の拡大に対して、各人が自主的に行動を制限し、マスク、手洗い、うがいを徹底して行いました。そのために、コロナだけでなくインフルエンザを始めとした他の感染症の発症が抑制されました。こうした対策により、他の感染症による死亡者が減り、その減り幅がコロナによる死亡者を上回ったのだと考えられます。

 皮肉なことですが、新型コロナウィルス感染症への対策を徹底したために、日本では他の感染症による死亡者が減少し、その結果として日本人の平均寿命が延びることになったのです。

 

 以上で述べてきたように、新型コロナウィルス感染症に対して、日本は感染を急拡大させることなく、緩やかな拡大に留めました。そして、超過死亡率がマイナスになるほどまで死亡者数を抑えました。

 では、イギリスやアメリカのように、日本でも行動制限を解除し、以前のように満員の観客の中でイベントを開催してもよいのでしょうか。次回のブログで検討したいと思います。(続く)