安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(4)

f:id:akihiko-shibata:20200128011440j:plain

 前回のブログで、安倍総理が世界の外交の場で存在感を増しているようすを述べました。その一方で、世界の動向から反するように、孤立しつつある中国の習近平国家主席国賓として日本に招こうとする政策も採ろうとしています。その理由として、中国での市場拡大を計りたい財界の要望や、二階幹事長を中心とする親中派の意向を取り入れることによって、憲法改正の実現に繋げたい安倍総理の思惑があるのではないかと指摘しました。

 しかし、安倍総理習近平主席の来日を受け入れるのには、さらに別の理由も存在しているのではないかと考えられます。

 

保守の反発

 習近平国家主席国賓として招くことには、保守層の人たちから激しい反発が巻き起こっています。

 中国政府は、チベット自治区新疆ウイグル自治区において、文化と宗教を根絶する試みを行いました。さらに新疆ウイグル自治区では、今も政府の収容所に100万人ものイスラム教徒のウイグル人を投獄し、24時間体制で思想改造を行っています。これらの政策は、ナチスユダヤ人絶滅のために行った虐殺に匹敵する、またはそれを超えるのではないかという指摘さえされています。

 天皇陛下は、国賓に対して迎賓館での歓迎式典、皇居・宮殿での歓迎晩さん会、迎賓館でのお別れ訪問を行うことになっています。習近平国家主席国賓として招けば、今上天皇は彼を歓待しなければなりません。そこで、「陛下に、その血に塗られた手と握手をしていただくのか」という非難があがっているのです。

 

天安門事件を彷彿

 さらに、今回の国賓招へいを、天安門事件後の天皇訪中になぞらえる人もいます。

 1898年に起きた天安門事件によって、中国は国際社会から孤立しました。そのとき中国に救いの手を差し伸べたのが、日本政府でした。1992年8月に中国政府の要請を受け、10月に宮沢内閣(!)が「天皇皇后両陛下の中国御訪問」を閣議決定します。同月に両陛下が中国を訪問し、西側各国で国際ニュースになりました。中国はこれを宣伝として最大限に利用し、国際社会に復帰して行きました。

 しかし、その後に中国は、日本に感謝することはありませんでした。それどころか当時の江沢民総書記は、こともあろうに反日教育を推し進め、反日を国家をまとめるための合い言葉として利用したのです。「恩を仇で返す」ということわざは、まさに中国の行為を現わすために存在しているのだと言えるでしょう。

 今回の習近平国家主席国賓来日が同じように利用されるのは、充分に考えられることだと思われます。

 

保守層の支持を失ってしまう

 それだけに保守層の人たちからは、習近平国家主席国賓として迎えることには、これまでにない反発がみられます。反対署名が集められ、反対のデモまでが行われています。もし国賓来日が実現してしまったら、安倍内閣の支持を撤回すると表明する人まで現れるようになりました。

 先に安倍総理が、悲願である憲法改正を行うために、親中派の二階幹事長らと取引する材料として、習主席の国賓来日を飲んだという可能性を指摘しました。しかし、保守層からの強烈な反対を押し切れば、安倍総理は支持の中核である保守層を失いかねません。そうなれば、憲法改正など夢のまた夢になってしまいます。

 それなのになぜ、安倍総理は、習近平国家主席国賓来日を実現させようとしているのでしょうか。

 

日本社会に存在する中空均衡構造

 ここで天皇と日本社会の関係を理解するために用いた、「中空均衡構造」という概念をもう一度振り返っておきましょう。

 心理学者の河合隼雄氏は、日本の神話、特に『古事記』を読み解く中で、神話の中に次のような構造があることに気づきました。

 「日本神話の構造の特徴は、中心に無為の神が存在し、その他の神々は部分的な対立や葛藤を互いに感じ合いつつも、調和的な全体性を形成しているということである。それは、中心にある力や原理に従って統合されているのではなく、全体の均衡がうまくとれているのである。そこにあるのは論理的整合性ではなく、美的な調和感覚なのである。これを、日本神話(特に『古事記』)の『中空均衡構造』と筆者は呼んでいる」(『神話と日本人の心』1)309頁)

 中心の無為の神とは、『古事記』に現わされている天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、月読命ツクヨミノミコト)、火須勢理命(ホスセリノミコト)です。これらの神は、同時に現れる他の二神が重要な役割を演じるのに比べ、中心の神として現れるものの、名前があるだけで、その行為がまったく語られていないのです。
 河合氏はこれを「中空構造」と呼び、日本神話の最も重要な特性だと考えました。

中空によって均衡が保たれる
 では、この「中空構造」はどのような働きをしているのでしょうか。
 河合氏は続けます。

 「(中空構造とは)中心に強力な存在があって、その力や原理によって全体を統一してゆこうとするのではなく、中心が空であっても、全体としてのバランスがうまくできている、という構造であった。しかし、これは全体を構成する個々の神々の間に微妙なバランスが保たれ、一時的にしろ中心に立とうとする神があるとしても、それは長続きすることなく、適当な相互作用によって、中心を出て全体のバランスが回復される、ということでなければならない。(中略)したがって、いずれかの神が絶対的な善、正義を代表するとか、絶対的な権力をもつということはない」(『神話と日本人の心』283頁)

 名ばかりの無為の神は、存在意味がないのではありません。神々の間の微妙なバランスを保ち、一時的にバランスが崩れても揺り戻しによって均衡を回復させるために必要な、何もない空間として役割を果たすのです。それは、絶対的な善や正義、絶対的な権力を有する存在を中心に置こうとしない、日本独特の構造であると言えるでしょう。

日本社会に存在する中空構造
 河合氏は、神話にみられるこうした中空均衡構造が、日本社会にも存在していると指摘します。
 河合氏は、ユダヤキリスト教のような一神教文化は、強力な中心が原理と力をもち、それによって全体が統合される構造であるとし、これを「中心統合構造」と呼びました。中心統合構造では、中心に別の新しい存在が出現してきたときには、以前にあった存在と、どちらが中心になるかという対立や争いが生じます。その結果、新しいものが排除されるか、または新しい中心が勝利を収め、革命のように新しい秩序・構造が創られます。
 これに対して、中空均衡構造では次のような特徴があります。

 「中空均衡構造の場合は、新しいものに対して、まず『受け入れる』ことから始める。これは中心統合構造の場合、まず『対立』から始まるのとは著しい差を示している。まず受け入れたものは、それまでの内容とは異質であるので、当初はギクシャクするのだが、時間の経過と共に、全体調和のなかに組みこまれる。
 外から来る新しいものの優位性が極めて高いときは、中空の中心にそれが侵入してくる感じがある。そのときは、その新しい中心によって全体が統合されるのではないか、というほどの様相を呈するが、時と共に、その中心は周囲の中に調和的に吸収されてゆき、中心は空にかえるのである」(『神話と日本人の心』311頁)

 河合氏はこの例として、仏教を挙げています。仏教が伝来したとき、朝廷もそれに帰依して国分寺を建立するなど、まさに仏教が日本の中心になったかのようにみえました。しかし、仏教は時間をかけて日本化され、日本社会に調和的に吸収されていきました。そして、日本の中心は再び空に戻っています。

 日本は世界から仏教国とみなされていますが、日本人の多くが自分は無宗教だと思っているのはそのためです。

 

安倍内閣は中空均衡構造

 安倍総理の政治姿勢をみていると、第二次以降の安倍内閣は、次第にこの中空均衡構造の様相を呈するようになってきているのではないかと思われます。

 例えとして、外国人労働者の受け入れ問題を取り上げてみましょう。

 若者人口の減少に伴って、日本の労働力の減少は、今後ますます問題になっていくと思われます。そこで、産業界からは、減少に見合う外国人労働者を受け入れてほしいという要請が高まりました。一方、保守層からは、異文化の人々を多数受け入れることは日本文化を歪めることであり、日本の国柄を損なうことに繋がるために反対の立場が表明されました。

 この外国人労働者受け入れ問題は、通常であれば産業界と保守層の対立として現れます。両者の間で論争が起こり、両者を代表する政治家が論争を繰り広げ、結果としてどちらかの立場が勝利します。そして、勝利した立場の政策が社会で実現されます。すなわち、外国人労働者を受け入れるか、それとも受け入れないかのどちらかの結論が導かれるのです。

 しかし、安倍内閣での政策決定過程は違いました。

 

まず中空に受け入れる

 河合氏のいう中空均衡構造では、異なった二つの立場の間では、対立が起こるのではなく、まず受け入れることから始まります。外国人労働者受け入れ問題では、この問題が重要であると判断されれば、まず外国人労働者を受け入れることから始まります。しかし、それは単にそのまま受け入れることとは異なります。

 中空均衡構造の社会では、両者の対立は調和的に吸収されていくことが求められます。そのため保守層の主張、すなわち外国人労働者が日本の文化を歪めない、日本の国柄を損なわないことが反映されなければなりません。その結果として現われたのが、外国人技能実習制度です。

 外国人技能実習制度は、日本が「先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』に協力することを目的として」2017年11月に始まりました。2019年11月からは、新たな制度が始まり、技能実習生の滞在期間が、2年延長されて最大5年までになりました。

 この制度では、技術の習得はもちろんですが、「人づくり」とわざわざ併記されているように、日本文化に溶け込むことも暗に求められています。そして、実習を受けながら働き、最大でも5年経ったら母国に帰ることになります。こうして日本文化を受け入れながら技術を学び、労働力としても活用される外国人労働者を育成する制度が出来上がったのです。まさに、産業界からの要望と保守からの要望を、組み合わせて作ったかのような制度だと言えるでしょう。

 

 安倍内閣での政策は、ほかにも中空均衡構造によって実現されるようになって行きます。(続く)



文献
1)河合隼雄:神話と日本人の心.岩波書店,東京,2003.