安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(5)

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 前回のブログでは、第二次以降の安倍内閣は、河合隼雄氏が日本社会を理解するために提出した「中空均衡構造」と同様の構造を呈していることを指摘しました。そして、その例として、外国人労働者の受け入れ問題について検討しました。

 今回のブログでも、引き続き安倍内閣が中空均衡構造になっていることを検証したいと思います。

 

入管法の改正

 外国人労働者の受け入れ問題の解決法の一つとして、前回のブログでは外国人技能実習制度を取り上げました。それに加えて、安倍内閣出入国管理法の改正によって、受け入れる外国人労働者の増加をはかりました。

 2019年4月1日から、新たな在留資格である「特定技能」を新設する改正出入国管理法が施行されました。これは人材不足が深刻な14業種を対象に、一定の技能と日本語能力のある外国人に日本での就労を認めるもので、初年度となる2019年度は最大で4万7550人、5年間で約34万5000人の外国人労働者の受け入れを見込んでいます。

 入管法の改正も、保守層からは、異文化の人々を多数受け入れることが日本文化を歪め、日本の国柄を損なうことに繋がることとして、強い反対を受けることになりました。

 

日本文化を受け入れること

 こうした反対に対して、安倍内閣では、外国人技能実習制度と同様の対応が行われました。すなわち、受け入れる外国人に、なるべく日本の文化を受け入れてもらう努力を払っていることです。

 新在留資格である「特定技能」は、1号と2号の2段階に分かれています。

 特定技能1号は、「相当程度の知識または経験を要する技能」を持つ外国人に与えるものです。単純作業など比較的簡単な仕事に就く者とされていますが、それでも最長5年の技能実習を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格することが必要とされています。在留期間は通算5年で、家族の帯同は認めれていません。

 特定技能の2号は、さらに高度な試験に合格した人に与えるもので、熟練した技能を要求される仕事に就く外国人が対象です。在留資格は1~3年ごとに更新ができ、更新時の審査を通過すれば更新回数に制限はありません。この資格を持つ者は、配偶者や子どもなどの家族の帯同も可能になります。

 このように日本で働く外国人労働者には、技術実習や技能や日本語能力の試験に合格することが求められます。5年以上の滞在ができ、家族の帯同も可能になる特定技能2号では、さらに高度の試験や更新時の審査も必要になります。これらの試験や審査は、一定の技術を獲得してもらう目的もありますが、日本の制度に組み込まれるなかで、日本文化に溶け込むことも暗に求められているのだと思われます。

 そのため、日本文化に馴染んで日本で働きたいと思う外国人は試験や審査を受けるでしょうが、単純にお金を稼ぎたいと考えている人たちは、このような面倒な制度は敬遠するのではないでしょうか。

 以上のように、改正出入国管理法というフィルターを通すことによって、日本文化を守りつつ、外国人労働者を受け入れるという折衷的な解決がはかられたのだと考えられます。

 

消費税の増税

 消費税の増税についても、安倍内閣による独特の対応が認められます。その検討に入る前に、まず今回消費税が10%に引き上げられるまでの経緯を振り返っておきましょう。

 消費税の増税は、平成24年6月に民主党の野田内閣が、平成26年に8%、平成27年に10%に引き上げる法案を提出したことに始まります。これは民主、自民、公明の3党によって、「社会保障と税の一体改革」と位置づけられ、毎年増える社会保障費の財源確保と財政健全化の両立を目指すものとして合意されました。これは三党合意と呼ばれています。

 この消費税の増税を後押ししたのが、財務省を中心とした財政再建派の人たちです。彼らは財政赤字をなくし、財政の健常化を目指します。彼らの主張は、消費税を増税しないと財政の信任がなくなり、国債が暴落してハイパーインフレを起こしかねないというものでした。当時の野田総理は、こうした主張をそのまま受け入れたのであり、財務省の完全なコントロール下にあったと言えるでしょう。

 

三党合意の尻拭いをさせられた安倍内閣

 三党合意をしたときの自民党は、安倍総裁ではなく谷垣禎一総裁でした。しかし、消費税を増税する法律はすでに成立していたため、発足した第二次安倍内閣は三党合意を実行する形で、平成26年に消費税を8%に引き上げました。その結果消費は減退し、景気は腰折れして、アベノミクスで上昇しようとしていた経済は一気に失速してしまいました。

 この後の安倍内閣は、三党合意と闘い続けることになります。安倍総理は、平成26年11月と平成28年6月の二度にわたって、消費税の増税を先送りにすることを表明しました。その結果増税は延期され、景気は回復軌道に乗って、先のブログで指摘したようにアベノミクスの効果が現れ始めました。

 

財政再建派の逆襲

 しかし、財務省を中心とした財政再建派は、この事態を傍観していたわけではありませんでした。

 嘉悦大学教授の高橋洋一氏は、次のように指摘しています。

 

  「財政再建派は、次のように主張する。(中略)

財政赤字が増大している日本は、年収500万円の家計が1000万円の借金を抱えているようなものだ』などという理屈にもならない理屈が、鬼の首をとったかのようにたびたび報じられ、『子どもたちに〝借金=負の遺産〟を押しつけてはならない。そうしないいためにはもはや増税は不可避である。多少の痛みを伴っても仕方がないではないか』などという、情に訴えるネガティブキャンペーンが張られている」(『安倍政権「徹底査定」』1)82‐83頁)

 

 これに対して高橋氏は、「日本は資産が多いのでバランスシート上、借金が多くても問題ない。財政は健全だ」と主張しています(上掲書160‐170頁)。

 問題なのは、財政再建派が自民党内にも多いことだと高橋氏は言います。

 

 野田毅(たけし)氏(自民党税制調査会最高顧問)は、2017年5月に反アベノミクスを掲げる『財政・金融・社会保障制度に関する勉強会』を立ち上げた。彼はガチガチの増税論者だが、その初会合には、会の呼びかけ人となった中谷元・前防衛相や野田聖子・元総務会長のほか、約20人の衆参国会議員が参加した。(中略)

 また、2018年9月20日自民党総裁選を、安倍氏と戦った石破茂氏も、ガチガチの財政再建派だ」(『安倍政権「徹底査定」』84頁)

 

 彼らは、「日本借金はどんどん膨らんでいく」「社会保障は財源の裏付けがない」「企業も個人も不安が充満している」「マネーのバラマキを続けると、ハイパーインフレにになりかねない」などと訴え、消費税の増税を政府に迫ったのです。

 

中空に落とし込む

 中空均衡構造では、このような対立が生じそうになった際には、両者が徹底して対立するのではなく、まず対立する対象を取り込むことから始めます。河合隼雄氏の指摘を、もう一度振り返っておきましょう。

 

 「中空均衡構造の場合は、新しいものに対して、まず『受け入れる』ことから始める。これは中心統合構造の場合、まず『対立』から始まるのとは著しい差を示している。まず受け入れたものは、それまでの内容とは異質であるので、当初はギクシャクするのだが、時間の経過と共に、全体調和のなかに組みこまれる」(『神話と日本人の心』2)311頁)

 

 安倍内閣では、アベノミクスによってデフレを脱却させる政策を行ってきました。脇に追いやられていた財政再建派が巻き返しをはかって主張を強めた際に、通常は意見が対立するものですが、安倍内閣は違いました。財政再建派の意見をいったん取り入れ、消費税の増税を行ったのです。

 

 増税反対派に対する配慮

 消費税の増税は、デフレ脱却を目指していた人々からは強い反発を受けます。これまで続けてきたアベノミクスとは異質の政策ですから、当然ギクシャクします。このギクシャクを克服して全体を調和させるために、様々な配慮がなされることになります。

 それはまず、消費税の増税に最も反発が起こりそうな、低所得層とマスコミに対してなされました。具体的には、軽減税率が制度に組み込まれました。軽減税率は飲食料品の譲渡と、定期購読の新聞が対象とされ、増税後も消費税が8%のまま据え置かれました。そのためか、竹下内閣で消費税が導入された際にあれほど反対キャンペーンを張ったマスコミは、今回の増税には音なしの構えを貫きました。

 消費の落ち込みによって痛手を被る人々に対しては、キャッシュレス・ポイント還元制度を併設しました。これは、キャッシュレス決済(クレジットカード、電子マネーQRコード決済など)で代金を支払った場合には、購入額の最大5%のポイントが付与される制度です。

 さらに、消費税増税によって景気の落ち込みを懸念する人たちに対しては、景気対策を盛り込んだ予算が組まれました。令和元年3月に、消費増税を前提とした予算が成立し、一般会計の総額は過去最大の101兆4571億円になりました。ここには上述のポイント還元制度に加え、2歳以下の子どもがいる世帯と低所得層向けのプレミアム付き商品券に1723億円、住宅購入支援に2085億円が計上され、景気の押し上げ効果が高いとされる防災・減災対策に1兆3475億円を充てるなど個人消費を下支えする2兆280億円の増税対策が盛り込まれました。

 

全体の調和を優先

 以上のような複雑な景気対策を行うのなら、そもそも消費税を上げなければいいという議論もあるでしょう。理論的に言えば、その通りです。これらの対策を行ったとしても、消費税の増税は景気に悪影響を及ぼしてしまうでしょう。では、なぜ安倍内閣はわざわざこのような複雑で、しかもマイナスの効果しかない政策を行うのでしょうか。

 それは、安倍内閣が中空均衡構造を呈しており、政策の実効性よりも全体の調和を優先しているからです。

 河合隼雄氏の指摘を振り返ってみましょう。

 

「日本神話の構造の特徴は、中心に無為の神が存在し、その他の神々は部分的な対立や葛藤を互いに感じ合いつつも、調和的な全体性を形成しているということである。それは、中心にある力や原理に従って統合されているのではなく、全体の均衡がうまくとれているのである。そこにあるのは論理的整合性ではなく、美的な調和感覚なのである」(『神話と日本人の心』309頁)

 

 日本人が大事にしてきたのは、原理や統合や論理的整合性ではなく、調和的な全体性や、美的な調和感覚でした。

 安倍内閣が優先しているのは、まさにこの調和なのだと言えるでしょう。(続く)

 

 

文献

1)高橋洋一:安倍政権「徹底査定」.悟空出版,東京,2019.

2)河合隼雄:神話と日本人の心.岩波書店,東京,2003.