安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(6)

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 前回のブログでは、安倍内閣が中空均衡構造になっている例として、入管法の改正と消費税の増税を取り上げました。

 今回のブログでは、さらに習近平国家主席国賓来日についても言及し、安倍政権がなぜ歴代最長になったのかを検討したいと思います。

 

習近平主席の国賓来日

 中国政府は、チベット自治区新疆ウイグル自治区において、文化と宗教を根絶する試みを行いました。さらに新疆ウイグル自治区では、今も政府の収容所に100万人ものイスラム教徒のウイグル人を投獄し、24時間体制で思想改造を行っています。これらの政策は、ナチスユダヤ人絶滅のために行った虐殺に匹敵する、またはそれを超えるのではないかという指摘さえなされています。

 チベットウイグルで人権侵害を行い、急速な軍事の拡大を続け、さらに一帯一路や次世代高速通信規格「5G」によって世界の覇権を目指す習近平政権に対して、香港では市民が大規模なデモを行い、台湾では中国の一国二制度に対して強硬な姿勢をとっている蔡英文氏が総統選で圧勝し、アメリカが経済戦争を仕掛けています。

 こうした世界情勢の中で、安倍政権が習近平国家主席国賓で招くのは、通常では考えられないことです。

 

保守層の支持を失ってしまう

 人権侵害を世界から非難されている習近平国家主席国賓で招けは、今上天皇は彼を歓待しなければなりません。そこで、「陛下に、その血に塗られた手と握手をしていただくのか」という非難があがっています。
 保守層の人たちからは、習近平国家主席国賓として迎えることには、これまでにない反発がみられ、反対署名が集められ、反対のデモまでが行われています。もし国賓来日が実現してしまったら、安倍内閣の支持を撤回すると表明する人まで現れるようになりました。
 安倍総理が、悲願である憲法改正を行うために、親中派の二階幹事長らと取引する材料として、習主席の国賓来日を飲んだという可能性を指摘しました。しかし、保守層からの強烈な反対を押し切れば、安倍総理は支持の中核である保守層を失いかねません。そうなれば、憲法改正など夢のまた夢になってしまいます。

 それにも拘わらず、安倍内閣習近平国家主席国賓来日を断行しよとするのは、安倍内閣が中空均衡構造を呈しているからです。

 

親中派の戦略

 二階俊博幹事長は、親中派として知られています。二階氏は、北京オリンピックを支援する議員の会に所属し、当時の江沢民総書記が発表した日中国交正常化30周年記念碑の建立を計画し、新東京国際空港や全国各地にも同様の石碑を建立しようとしました。新幹線の中国への輸出に際して、「日本は中国から文化を教わり、その延長線上に今日の日本の繁栄がある。そのなかから、たまたま新幹線の技術を開発した」「この技術が中国の発展にもしお役にたつならば、どうぞ一つお使いください」と中国大使に発言したことで知られています。さらに、習近平氏の提唱する一帯一路をテーマにした、一帯一路国際協力サミットフォーラムにも出席しました。このように二階氏は、バリバリの親中派なのです。

 二階幹事長は、親中に基づく政策を実現するために、安倍内閣と対立することはしませんでした。安倍総理の四選をチラつかせるなどして、安倍内閣を全面的に支持する姿勢を示しました。そのうえで自らの親中政策を実現しようとする、実にしたたかな戦略を採りました。

 

対立よりもまず受け入れる

 これに対して、安倍総理も二階幹事長と対立することはありませんでした。安倍内閣は中空均衡構造を呈しているため、対立する問題が生じたときには、まずその異質な意見を受け入れることから始めます。

 安倍総理は昨年12月の時点で、「習主席の国賓来日を極めて重視している」「日中関係を次なる高みに引き上げ、地域の平和、安定、繁栄に大きな責任を有する両国がしっかり責任を果たしていく決意を明確に内外に示したい」と語りました。

 そして、日本国内で反対論が出ていることに対して、「日中両国はアジアや世界の平和、安定、繁栄に大きな責任を有している。習主席の国賓訪問を、その責任を果たす意志を明確に内外に示す機会としたい」と述べ、見直す考えはないことを強調しました。さらに1月28日の衆院予算委員会では、「(日中間に)問題があるからこそ首脳会談を行わなければいけない」と述べ、来日反対派に理解を求めています。

 

呼んだうえで問題点を問い質す

 中空均衡構造では、親中派の意見を受け入れたうえで、保守の意見を取り入れる形で折衷案を形成して行きます。

 安倍総理は昨年12月に北京で行われた習近平国家主席との会談の中で、尖閣周辺で繰り返される中国公船や抗議船による領海侵犯に対して、「東シナ海の安定なくして、真の日中関係の改善はない」と対応を促しました。両国首脳は、自衛隊と中国軍の偶発的衝突を回避する「海空連絡メカニズム」などを通じ、海洋安全保障分野の協力を進めることで一致しました。

 また、2015年以降中国で少なくとも15人の邦人が拘束され、9人が実刑判決を受けていることに対して、安倍総理は拘束された邦人の情報を速やかに提供し、早期の帰国を実現させるよう求めました。そして、「自由」「民主」「人権」などを求める市民や若者らと警察当局との衝突が続く香港情勢についても、「大変憂慮している」と懸念を伝え、冷静な対応を求めました。さらにウイグル族の弾圧にも、「国際社会に透明性をもって説明すべきだ」と問い質しています。

 安倍総理としては、来日した習主席に対して上記のような主張をさらに迫ったうえで、1972年の日中共同声明や1978年の「日中平和友好条約」などに続く、「第5の政治文書」の発表を目論んでいるのだと思われます。

 

中空均衡構造が安定をもたらす

 以上で述べてきたように、第二次以降の安倍政権は、中空均衡構造を呈するようになりました。ここで河合隼雄氏の指摘を、再度振り返っておきましょう。

 「中空均衡構造の場合は、新しいものに対して、まず『受け入れる』ことから始める。これは中心統合構造の場合、まず『対立』から始まるのとは著しい差を示している。まず受け入れたものは、それまでの内容とは異質であるので、当初はギクシャクするのだが、時間の経過と共に、全体調和のなかに組みこまれる」(『神話と日本人の心』1)311頁)

 

 安倍内閣の政策決定は、対立する意見でもまず受け入れることから始まります。異質な意見なので当初はギクシャクしますが、それまでの保守的な意見と折衷させ、全体的な調和の中に組み込もうとします。その結果として、対立による遺恨は回避され、すべての人々は調和の中に組み込まれ、社会の和が保たれます。

 安倍総理は、本来は保守本流の姿勢を貫いてきた政治家でした。しかし、安倍内閣は保守の姿勢を採らず、中空構造を呈するようになりました。中空、つまり何でも空の中に取り入れる姿勢を示しました。空の中にリベラルの意見を取り入れたうえで、保守との均衡を取りながら、全体の調和をめざす姿勢に徹するようになったのです。
 安倍内閣が呈するようになった中空均衡構造は、日本の社会に適応したものでした。日本は何よりも和を尊重する社会であり、中空均衡構造は日本社会に適した構造であるからです。安倍政権が歴代最長になった最も大きな要因は、まさにこの点にあるのだと言えるでしょう。

 

野党の役割が失われてしまう

 安倍政権が歴代最長になった理由をもう一つ挙げると、第二次以降の安倍内閣になってから、野党の役割が失われてしまったことです。

 これまでに述べてきた安倍内閣の中空均衡構造をシェーマ化すると、以下のようになるでしょう。

 

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                   図1

 

 図1のように、保守とリベラルの対立に対して、安倍内閣は対決の姿勢を採らなくなりました。安倍内閣は中空構造になり、保守だけでなくリベラルの意見も取り込むようになりました。そして、リベラルの意見も政策として実現するようになりました。

 そのため、リベラルな野党やマスコミの存在意義は失われて行きました。リベラルな野党やマスコミは政策を提言することがなくなり、その結果として彼らが訴えるのようになったのが、ワイドショー的な醜聞(?)でした。野党が国会で政府を追求するのは、「森友・加計問題」と、最近では「桜を見る会」がほとんどです。マスコミもワイドショーだけでなく、報道番組でもこれらの問題を大きく取り上げました。

 難しい政治問題に比べれば、これらの問題はとっつきやすく面白いかもしれません。しかし、政治における重要な問題は含まれておらず、ショーが終われば野党の政治的な実績は何一つ残りません。テレビの視聴率や雑誌の部数は伸びたかもしれませんが、野党の支持率は低迷を極めました。それが、安倍政権をさらに延命させることに繋がったと考えられます。

 

 しかし、中空均衡構造には、負の側面も存在しています。次回のブログでは、中空均衡構造の負の側面について検討したいと思います。(続く)

 

 

文献

1)河合隼雄:神話と日本人の心.岩波書店,東京,2003.