東京五輪はなぜ無観客になったのか 東京五輪を潰そうとした人たち(3)

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 前回のブログでは、東京五輪を潰そうとした人たちの心理を分析するために、朝日新聞日本医師会を取り上げました。両者は、国民の健康と命を守るという大義のために東京オリンピックの開催に反対してきましたが、その後の行動をみていると、実は自分たちの会社のために、そして自分たちの会員のために動いていることが分かります。つまり彼らは、口では反論のできない正義を唱えながら、行動では「自分たちのことしか考えていない」のでした。

 しかし、東京五輪を潰そうとした人たちは、マスコミや医師たちだけではありません。彼らに洗脳された民衆も、大きな役割を担っていました。

 今回のブログでは、東京五輪を潰そうとした一般の民衆について検討したいと思います。

 

戦前なら五輪は潰されていた

 わたしは、戦前であったなら東京五輪は間違いなく中止に追い込まれていたと思います。それは日本社会に、五輪は中止すべきだという空気が蔓延していたからです。日本は理屈や戦略で動く文化を持っていません。社会を覆い尽くす空気によって動かされる文化です(その詳細については、2018年5月のブログ、『空気とは何で、どのようにして作られるのか』をご参照下さい)。

 東京五輪の前には、五輪を中止するべきだという空気が拡がり、もう少しで日本社会全体を覆い尽くすところでした。この空気が社会を覆えば、それに対抗することはできなくなってしまいます。

 ところが、すんでのところで五輪中止の空気が、社会を覆うことにストップがかけられました。それは、現代にはSNSが存在していたことに拠っています。マスコミがコロナの拡大を理由に五輪反対を訴えかけても、SNSを通じて五輪の意義と必要性を訴える人たちの声が届いていたからです。そのため、五輪中止の空気はかろうじて押しとどめられ、政府や東京都やIOCはなんとか五輪開催を実行に移すことができました。

 これがSNSのない戦前であったなら、五輪中止の空気に圧倒され、東京五輪は1940年大会のように返上されていたでしょう。

 

対米戦争は空気で始められた 

 この空気の力を如実に現わしているのが、対米戦争の開戦です。

 わたしたちは、いわゆる太平洋戦争は、軍部や政治家によって始められたと教育されました。そして民衆は、軍部や政治家の間違った政策によって被害を被った犠牲者だと教えられてきました。

 しかし、実際はそうではありません。戦争を主導したのは日本社会を覆った空気であり、その空気を醸成した主体こそ一般の民衆なのです。

  まず、当時の社会の状況を振り返ってみましょう。

 「日米開戦前の政治家や軍人の手記や日記を読むと、〝戦争をできないなんて世論が許さない〟とか、〝戦争ができないなんていえる空気じゃない〟といったことが書かれている」(『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 下』1)52頁)

 当時の政治家や軍人が「戦争をできない」と言えなかったのは、世論やそれを形作る空気が許さないという側面がありました。

 「首相官邸に届いた国民からの投書は三千通を数えたという。そのほとんどが、日米開戦を強く求める内容だった。戦争へと向かう熱狂は、おそらく多数存在していたと思われる『戦争を望まない人々』の声を、見事にかき消していった。
『もう、ドイツと組んで戦をやれという空気が覆い尽くしていましたね。陸軍などは、もうドイツの勝利は間違いないと。一般の空気は戦争論で日本は沸いていましたよ』(福留繁・海軍少将証言)」(『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 下』36頁)

 日米開戦を求める空気は日本中を覆い尽くし、日本社会には戦争へと向かう熱狂が渦巻いていました。この空気に、リーダーたちはもはや抗うことができなくなっていたのです。

 

開戦の空気を醸成したマスコミ

 この開戦への空気を醸成するのに大きな役割を果たしたのが、当時のマスコミでした。

 

 「雑誌『文藝春秋』が行った『対米外交は強硬に出るべきか』という世論調査では、『強硬に出るべき』という意見が3分の2を占めるようになっていた。そこに飛び込んできたのが、第二次世界大戦でのドイツ快進撃のニュースである。日本の民衆の間に、ドイツの時代が到来したという空気が広がった。

 新聞各紙は陸軍と連携して、連日のようの日独伊三国同盟締結を主張し、世論に訴えた。アメリカ、イギリスに対して不満を募らせていた国民は、ドイツとの同盟締結を熱狂的に支持した」(『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 下』32頁)

 

 こうした世論に押されて、1940年9月27日に日独伊三国同盟は締結されます。そして、この三国同盟によって作られた「国民の熱狂」とともに、日本は対米戦争へと突き進むことになったのです。

 

戦時下も続いたマスコミの煽動 

 マスコミに誘導されて、開戦後も国民の熱狂は続きます。

 戦時下の新聞は戦争遂行、勝利のための一大プロパガンダ工場と化しました。朝日新聞もその例にたがいませんでした。朝日新聞社の社内向け『朝日社報』をみると、毎号トップに、勇ましく叱咤激励する村山長挙社長の訓示が以下のように述べられています。

 『新聞を武器として米英撃滅まで戦い抜け』(昭和18年1月10日号)では、

 「国民の士気を昂揚し、米英に対する敵愾心を益々興起せしめて大東亜戦争を勝ち抜くべく指導することは、本年におけるわれわれ新聞人に課せらえた最も大なる使命の一つだと信じるのであります」(『太平洋戦争と新聞』2)400頁)

 翌昭和19年3月号では、朝日新聞の役割を次のように総括しています。

 「大東亜戦争勃発するや、本社は直ちに『国内是戦場』『挙社応召』の決意を固め、村山社長、上野会長、各重役をはじめ全従業員決起して『新聞も兵器なり』との信念を堅持して、報道報国のために挺身、朝日新聞の国家に対する使命完遂に全力を傾倒しつつあり、新聞の決戦体制を整えるために、率先して機構の大革新を断行した。紙面は活気旺盛、真に思想戦の武器としての威力を遺憾なく発揮している」(『太平洋戦争と新聞』401頁)

 このように戦前の朝日新聞は、戦意高揚を目指し、「新聞も兵器なり」という信念に基づいて「報道報国」のためのに身をささげていたのです。
 戦争が高まる民意に押されて始められたにせよ、戦争に向かう社会の空気を煽った新聞各社の、そして毎日新聞と部数を競っていた朝日新聞の責任は大きいと言えるでしょう。

 

マスコミの本質は何も変わっていない

 戦後になって日本のマスコミは、戦前の態度を反省して、その立場を180度転換しました。その態度はまさに「羮に懲りて膾を吹く」の典型であり、一貫性の欠如には甚だしいものがあります。つまり何が何でも反戦の立場を採り、戦争だけでなく戦争に少しでも関係のあるものには全て反対する立場を表明するようになりました。

 朝日新聞はその急先鋒であり、反戦の延長線上として従軍慰安婦南京大虐殺をねつ造し、結果的に日本に大きな被害をもたらしました。朝日新聞としては、戦前に日本を戦争に誘導をした行為を反省し、戦後には日本に平和をもたらすために尽力したという自負を持っているのかも知れません。しかし、日本に甚大な被害をもたらしたという点では戦前も戦後も変わらないのであり、なぜそうなったかと言えば、戦前も戦後も「自分たちのことしか考えていない」からだと考えられます。

 今回の五輪反対報道でも同じ姿勢が認められます。コロナの恐怖をいたずらに煽る報道では、根源には同じ問題が存在しており、一見正論を述べているようでも日本にとって本当は何が必要であるのかという視点が決定的に欠如しています。そのために、五輪の中止によって日本の社会や経済にどれほどの悪影響が及ぶのか、そして日本がいかに国際的な信用を失うのかといった点には思いが及ばないのです。

 

マスコミに踊らされる民衆

 新聞やテレビにしか触れることがない人たちは、マスコミの意見が正しいと思い込み、マスコミに踊らされてしまう危険があります。今回の五輪を潰そうとする人々の試みは、日本に大きな損失をもたらす一歩手前まで推し進められました。

 タレントのビートたけしさんが、テレビ朝日系の情報番組「ビートたけしのTVタックル」の6月13日の放送で、東京五輪の開催へ突き進む政府の動きに対して、「晩年の日本兵みたいなもんじぇねえか。第二次大戦で失敗した原因が、(負けている状況でも)『まだ勝ってる』って言ってたんだから」と批判しました。この意見に対して、「よくぞ言ってくれた」という意見が多数寄せられたといいます。

 わたしは、この発言を非常に残念に感じました。ビートたけしさんと言えば、マスコミの意見や社会の空気に抗ってでも、物事の本質を鋭く指摘する言説が魅力でした。しかし、今回の発言は「五輪の開催が新型コロナ感染症を拡大させる」というマスコミの短絡的な意見に乗っかったものであり、しかも政府の態度を「晩年の日本兵」になぞらえて非難するというまったく的外れな指摘でした。わたしはむしろ、マスコミの意見こそ、第二次大戦で日本を敗戦に導いた大きな要因であったと思います。マスコミの尻馬に乗って安倍前総理を非難するなど、最近のビートたけしさんは、いったいどうしてしまったのでしょうか。

 ビートたけしさんですらこうなのです。お昼のワイドショーで新型コロナウィルス感染症の恐怖心を煽り、五輪の中止を訴える芸能人たちをよく見かけました。彼らは芸能のプロではありますが、新型コロナについてはまったくの素人のはずです。そんな彼らを使って民衆を扇動しようとするマスコミは、日本にとって本当に危険な存在であると言えるでしょう。(続く)

 

 

 文献

1)NHK取材班編著:NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか 下.NHK出版,東京,2011.

2)前坂俊之:太平洋戦争と新聞.講談社学術文庫,東京,2007.