人はなぜ依存症になるのか 依存症をつくる人たち(2)

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 前回のブログでは、摂食障害過食症を例に挙げて、食べ物依存ともいえる状態が、利便性を追求するコンビニや薬の量販店の普及、さらにはインターネットによる情報の共有によって社会に広がってゆく過程を検討しました。

 今回のブログでは、さらに、資本主義における企業活動が、依存症を生む構造的な要因になっている点ついて検討したいと思います。

 

 依存症をつくり出すビジネス

 わたしたちの社会では、あらゆるものが依存の対象になる可能性があります。資本主義社会ではいかに多くのものを売ったかが重要であり、売り上げを伸ばした者こそが評価されるからです。もし売り上げを目標にするなら、いかに沢山のものを買わせるかが戦略になるのであり、この戦略を追求すれば、顧客の対象を拡大するか、リピーターを増やすかになります。

 リピーターを増やす戦略は、依存をつくり出す結果を招きます。依存する人が増えれば増えるほど、売り上げが伸びるからです。その結果、資本主義社会では、依存される対象ほど売り上げを伸ばし、売れないものを淘汰して生き残ることになります。すると我々の社会には、依存しやすいもので溢れることになります。その具体例を、いくつか述べてみましょう。

 

現実逃避を可能にする物質

 最も依存をつくりやすいものは、現実逃避を可能にする物質です。代表的なものは麻薬や覚醒剤ですが、近年は法の目をかいくぐるために人工的に作られた危険ドラッグが出回るようになりました。これらは強烈な快感を得ることで辛い現実から逃避するもので、使用を重ねると強烈な枯渇感が生じる状態、つまり禁断症状が生じるようになります。そのため、これらの物質は法律で使用を禁じられているのですが、合法でも現実逃避を可能にする物質があります。その代表がアルコールでしょう。

 アルコールは理性を麻痺させることで、緊張を和らげ、感情を表出させやすくしてストレスを解放させます。しかし、さらに飲酒を続けると意識がもうろうとして理性が失われ、無意識に抑圧されていた万能感が頭をもたげるようになります。こうして現実から逃避し、自己愛の世界に埋没しようと連日飲酒を続けるのが、アルコール依存症です。

 

甘いものを食べてストレスを解消する

 人々が気晴らし食いをしたり過食したりする食べ物の多くは、お菓子やケーキなどの糖分がふんだんに含まれるものや、パンや麺類などの炭水化物です。これらの食べ物に共通して存在するのが、砂糖やでんぷん(多糖)といった糖質です。

 糖質は分解されてブドウ糖になり、わたしたちの身体のエネルギー源になりますが、取り過ぎると高血糖を引き起こします。高血糖状態が続くと、血管内皮を傷つけて動脈硬化の原因になったり、余ったブドウ糖中性脂肪に変換されて肥満の原因になったりします。つまり、糖質の取り過ぎは身体にとって害であり、糖尿病だけでなくそれに合併する万病に繋がる可能性があります。

 それにも拘わらず、糖質を過量に摂取しようとするのは、ひとえに精神的な理由が存在するからです。甘いものを食べたとき、わたしたちはちょっとした快感を得られます。この快感は、日常の嫌な出来事やストレスを一瞬忘れさせてくれます。もちろんそれは根本的な解決ではなくその場限りの解決なのですが、これを繰り返すことで、嫌なことがあるたびに甘いものを食べてストレスを解消させようとする習慣ができます。この習慣が固定化されると、糖質に対する依存が出来上がるのです。

 

ショッピングは肛門期由来の快感 

  わたしたちは、ショッピングによって欲しいものを手に入れるという満足感が得られますが、ショッピングを行うのはそうした実益のためだけではありません。ショッピングを行うこと自体に快感があるのです。この快感のために、人は必要以上の買い物をしてしまいます。では、この快感はどこから来るのでしょうか。

 精神分析では、ショッピングの快感は、肛門期に由来すると考えます。肛門期は1歳から3歳頃で、トイレットトレーニングが行われる時期です。この時期には大便の保持、排出にまつわる快感が中心となります。トイレットトレーニングによって、便が忌避するもの、汚いものと認識されるようになると、便は別のものに置き換えられてゆきます。その代表が、お金です。

 肛門期以降になると、便を保持する快感はお金を貯める快感に、便を排出する快感はお金を使う快感に置き換えられます。そうなると、お金を使うこと自体が快感を得る行為になります。

 現代はこの快感を、究極に引き出す仕組みが作られています。大型ショッピングモールは、欲求を刺激するあらゆるものが取り揃えられています。さらに、ショッピングを容易にできる仕組みも整えられました。現金がなくても、カードやスマホでショッピングができる仕組みです。さらには、ローンによって、お金がなくてもショッピングができるようになりました。

 こうして現代では、ショッピング自体の快感に溺れ、買い物に依存する人が増加することになったのです。

 

ゲームという幻想に依存する人々

 人は乳幼児期に、その精神世界の中でイリュージョン(錯覚または幻想)が生じます。このイリュージョンに働きかけるものとして、スマホタブレットと並んで、コンピューターゲームが挙げられます。

 コンピューターゲームの内容は多種多様に及んでいますが、共通する目的は仮想現実の中であらゆる欲望を満たすことです。それは攻略して達成感をもたらすものから、知識欲を満足させるもの、さらには攻撃欲求や性的な欲求を刺激するものまでさまざまです。

 コンピューターゲームによって創られるこの仮想現実こそ、乳幼児期のイリュージョンを再現させたものです。この仮想現実の中であらゆる欲望を満たすことによって、乳幼児期の万能感を再現させようとしているのです。ここで問題なのは、それらが仮想現実の中で行われることです。

 現実の世界では、常に制限がつきまといます。個人が欲望を満たそうとしても、通常は現実の壁に突き当たります。ところが、仮想現実の中ではこの制約から解放されます。現実世界で叶えられない欲望は、仮想現実の中でなら達成できます。すると、現実世界の中で満足を得られない人たちは、ますます現実から逃避して、仮想現実に埋没してしまうのです。

 

資本主義の勝者は依存症ビジネス

 以上のような経緯を、デイミアン・トンプソンは、『依存症ビジネスー「廃人」製造社会の真実』1)で克明に分析しています。

 内容の詳細は同書に譲りますが、そのカバーのそでには次のように記されています。

 

 「うまくいかない仕事、ギクシャクする人間関係、進化しすぎて使いこなせない大量の新製品・・・・。21世紀になったからといって、輝かしい未来は訪れなかった。私たちの毎日は、相変わらずストレスにまみれているし、社会は不確かさを増しつづけている。

 

 そんな不安と戦い、なんとか自らの感情をコントロールしようともがく私たちの耳元で、ささやく声がある。『こっちに来て、これを使ってごらん。すぐに気分が良くなるよ』

 

 それは、いまお手持ちの iPhone に届いた、フェイスブックやゲームアプリ『アングリーバード』からの新着通知かもしれない。

 

 または、魅力的な写真で誘惑する、スタバの『フラペチーノ』や行列ができる店のスイーツの看板かもしれない。

 

 さらには、いつでもどこでも安く手に入るお酒のテレビCMや、安全なハーブだよ、と『危険ドラッグ』に誘うネットの書き込みかもしれない。

 

 そう、いつの間にか、私たちの毎日は『すぐに気分を良くしてくれるモノ』であふれかえり、ますますそうしたモノに依存するように促されているのだ。そうしたモノが快感をもたらすメカニズムは、MDMAやヘロインがもたらすものと同質だと気づかずに。

 

 企業も、より早く、大量に消費させるために、テクノロジーを駆使して『期待感』をあおり、いかに強い快感をもたらせるかを競いあっている。一方、無防備な消費者である私たちは、日々『自滅的な誘惑』にさらされ、『依存症』という習慣を身につけつつあるのだ」

 

 この指摘は、21世紀の資本主義社会を見事に言い当てているのではないでしょうか。そう、現代社会は、構造的に依存症をつくり出しているのです。(続く)

 

 

文献

1)デイミアン・トンプソン(中里京子 訳):依存症ビジネスー「廃人」製造社会の真実.ダイヤモンド社,東京,2014.