人はなぜ死にたくなるのか うつ病の自殺(3)

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 前回のブログでは、うつ病病前性格を有する人たちは、社会のルールを尊重し、自分よりも他者に配慮をし、何事にも手を抜かずに一生懸命になるという「教義」を創り上げた人たちであることを指摘しました。そして、実際にうつ病を発症する人は、この教義を厳格に遵守する宗教の原理主義者のような人たちであることを検討しました。

 彼らは原理主義者であるがゆえに融通が利かず、良い人として生きられなくなると生き方そのものを喪失し、生きるための意欲を失い、そして生きることに絶望してしまいます。

 今回のブログでは、彼らの絶望が自殺へと向かう過程を検討したいと思います。

 

自責の念が襲う

 うつ病を発症する人は、秩序を愛したり他者への配慮を欠かさないような病前性格であるため、社会や他者を責めることができず、上手くいかないのは自分の頑張りが足りないからだ、怠けているからだと自分自身を責めます。

 自分自身を責めることで、彼らは良い人であるという体裁を保つことができます。しかし、一方で彼らはより一層つらくなり、さらにうつ状態を悪化させます。うつ状態を悪化させた彼らは、自分自身を責めるという負のスパイラルに陥ります。

 こうしてうつ病者は、生き方そのものを喪失し、生きるための意欲を失い、生きることに絶望し、そして自責の念を募らせることによって、自殺へと向かう扉の前に立つのです。

 

誰にも分からない

 うつ病病前性格として、対他配慮という特徴があります。対他配慮とは、他人への配慮を欠かさないこと、つまり、まず他人のことを考え、自分より他人のことを優先しようとすることです。彼らは自分のことは二の次にして、他者に負担をかけないように振舞います。そのため、自分でできることは自分で行い、人に任せたり頼ったりすることができません。

 こうした病前性格のために、うつ病者は自分の生き方に行き詰まり、生き方に絶望したときにも、人に相談したり、人に頼ったりすることができません。人に相談したり頼ったりすることは、他者に負担をかけ、迷惑をかけることになるからです。

 そのため彼らは、自分だけで悩みます。自分だけで悩んで、自分だけで苦しみます。悩みや苦しみは、人に相談し、理解されることによって半減するものです。しかし、自分だけで悩んで苦しめば、悩みや苦しみは反芻され、増殖し、倍増してゆきます。

 やがて彼らは孤立する中で、自分の悩みや苦しみは、誰にも分からないという誤った確信へと向かいます。

 

解決の可能性が失われる

 誰にも相談できずに一人で悩んでいると、悩みの内容は次第に現実から乖離してゆきます。そして、心の中でより大きな悩みとして膨らんでゆきます。膨らんだ悩みは、さらに本人の心を苦しめます。うつ病者は、苦しみながら孤立し、いっそう苦悩を深めてゆきます。

 こうした過程を通じて彼らは、現実から離れて一人で苦悩を持ち続けます。すると、次第に彼らの視野は狭まってゆきます。冷静になり、現実的に判断すれば解決可能なことが、何をしても解決できないことのように思われます。視野が狭まれば狭まるほど解決の道は閉ざされ、絶望しか残されていないように感じられてしまうのです。

 

自殺か、さもなくばうつ病

 絶望的な状況に立たされたとき、自殺への最初の危機が訪れます。

 絶望しか見えなくなっている状況で、残された道は二つに絞られます。一つは、実際に自殺を試みることです。このときが、自殺を起こしやすくなる最初の時期です。自殺の試みは未遂に終わることもありますが、何割かは既遂に至ります。

 もう一つの道は、うつ病を発症することです。一般的にうつ病は、絶望の結果として発症すると捉えられてきました。しかし、わたしは、うつ病は絶望を回避し、絶望から逃れるために発症する側面があると考えています。

 うつ病者は意欲が減退し、何ごとにも興味がなくなり、人と接することが嫌になり、社会から距離をとって引きこもります。これらの症状はもちろん、つらく苦しいものです。しかし、その一方で、これらの症状によってうつ病者は、人や社会から遠ざかり、現実から逃避することによって、様々な問題から逃れることができます。苦しさに直面せずに、うつ状態という病的な世界の中で、絶望とは異質の苦しみを感じて生きることができます。

 このようにうつ状態には、絶望から逃れる効用があります。うつ病の最も重い時期に自殺が起こりにくいのは、この効用があるからだと考えられます。

 

うつ病という緊急避難所

 うつ病に陥っている人は、眠れずに食欲もありません。体重が落ちて、身体は憔悴してゆきます。表情にも生気がなくなり、何をする気も起こりません。気が滅入って外出することができず、家の中に引きこもるようになります。周りからも、苦しむその姿は、明らかにつらそうに見えます。彼らの内面も、苦渋に満ちているように想像されます。

 実際に、うつ病者の内面は苦悩で溢れているでしょう。しかし、その苦悩は、現実の苦悩からは少しずつ乖離します。社会で起こった実際の問題とは、別の問題に置き換わってゆきます。この変換が極端に進むと、それは妄想にまで達することがあります。

 うつ病にも妄想は生じます。大別すると、治らない病気に冒されたしまったなどという心気妄想、莫大な負債を背負ってしまったなどという貧困妄想、償えない罪を犯してしまったなどという罪業妄想に分類されます。これらは、うつ病の三大妄想と呼ばれています。妄想の対象は異なりますが、取り返しのつかない事態に陥ってしまった、という絶望感を表現している点では共通しています。

 こうしてうつ病は、現実の苦悩から逃避し、それを内面の苦悩へと変換することによって、絶望からの緊急避難所としての役割を果たしているのです。

 

うつ病の回復

 さて、こうしてうつ状態が誰の目にも明らかになり、本格的にうつ病が発症すると、病院での治療が必要になります。うつ病治療の基本は、食事と睡眠をしっかりとること、そのために症状を改善させる抗うつ剤などの薬をきちんと内服することです。そして、仕事はもちろん、ノルマになるような運動や趣味からも離れて、徹底して心身を休めることです。

 こうした状態を続けていると、多くの場合は3ヶ月から6ヶ月でうつ病は回復してゆきます。抑うつ感や意欲の減退が改善して、表情は生気を取り戻し、感情が表れるようになります。活動性が戻り、身体を動かすことが苦にならなくなります。

 その様子を見て、家族はほっと胸をなで下ろします。周囲の者も安心します。長くつらい冬の時期が終わりを告げ、ようやく春がやってきたような安堵感が訪れます。

 しかし、この回復の初期は、自殺の危機が最も高まる時期です。なぜ、この時期に自殺は起こりやすいのでしょうか。

 

回復は絶望との再会

 うつ病者は、人や社会から遠ざかり、現実から逃避することによって、様々な問題から逃れていました。苦しさに直面せずに、うつ状態という病的な世界の中で、絶望とは異質の苦しみを感じて生きることができました。

 しかし、うつ病が回復してくると、彼らは病的な世界から脱し、再び現実の世界に戻ってくることになります。すると、現実の世界で待っているのは、病気になる前に感じていた絶望です。つまりうつ病が良くなってくると、現実世界では生きていけないと感じた絶望感が、再び目の前に現れてきます。

 さらに悪いことに、周囲の人たちはうつ病が良くなってきてきたことで安堵し、気を抜いています。症状が重いときのように心配をしなくなり、家族の関心は病者以外に移ってゆきます。

 このように回復の初期にうつ病者は、現実世界に絶望を感じていながら、周囲の関心を失って孤立した状態に陥っているのだと言えるでしょう。

 まさにこの時に、うつ病の自殺は起こるのです。(続く)