東京五輪はなぜ無観客になったのか 見えない影に怯える人たち(2)

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 前回のブログでは、東京五輪が無観客で行われることが正しいのかという問題提起を行いました。なぜなら、同時期に30倍の感染者数を出しているイギリスではUEFA EURO2020(サッカー 欧州選手権)やウィンブルドンテニスが、4倍の感染者数を出しているアメリカではメジャーリーグMLBやバスケットボールNBAやプロボクシングが大観衆を集めて行われているからです。

 いや、日本が正しくて、イギリスやアメリカが間違っているのだという意見もあるでしょう。

 今回のブログでは、イギリスやアメリカが、なぜ人々の行動制限を解除する政策を採っているのかを検討してみたいと思います。

 

コロナとの共生に舵を切る

 イギリスやアメリカが、新型コロナ感染症に対する行動制限を解除し、通常の日常生活を再開させたのは、新型コロナウィルスと共生する方針を選択したからです。この方針転換には、ワクチンを接種したことが大きく関係しているでしょう。

 以下の図は、ワクチン接種を完了した人の国別の割合です。

 

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              (NHK特別サイト 新型コロナウィルス感染症

                  図1

 

 イギリスやアメリカでは、半数の人がワクチン接種を完了しており、それに伴って行動制限を解除したのだと思われます。

 しかし、忘れてはならないのは、ワクチン接種が進んでいるからといって、感染症者がいなくなったわけではないことです。前回のブログで紹介したように、7月8日の時点で、日本に比べてイギリスでは30倍、アメリカでも4倍の感染症者が出ています。

 それにも拘わらず行動制限を解除したのは、両国が感染症者数ではなく、別の指標に注目するようになったからです。

 それは、新型コロナ感染症による死者数です。

 

イギリスでは死者数が激減している

  イギリスでは、感染者は増加していますが、死者数は減少したままです。

 以下は、イギリスにおける感染者数(正確にはPCR陽性者数)の推移と、死者数の推移を現したグラフです。

 

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           (日本経済新聞  新型コロナウィルス感染世界マップ)

                  図2

 

 図2でみるように、イギリスでは感染者数が激増しているにも拘わらず、死者数は全く増えていません。

 イギリスと同様に、行動制限を解除したアメリカでも死者数は増えていません。

 

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            (日本経済新聞  新型コロナウィルス感染世界マップ)

                  図3

 

 図3にあるように、アメリカでは感染者数(正確にはPCR陽性者数)が減少した後、下げ止まりかやや上昇傾向を示しています。しかし、死者数は、減少傾向が続いています。

 両国とも、ワクチン接種が国民の半数で終了し、その効果として新型コロナ感染症の重症化が防がれている点がその第一の理由であると考えられます。

 

ワクチン接種が2割に満たない日本では

 では、ワクチン接種が完了した人が2割に満たない日本では、死者が減少する効果は期待出来ないのでしょうか。

 新型コロナウィルスは、高齢者ほど死亡する確率が増えます。

 

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             (NHK特別サイト 新型コロナウィルス感染症

                  図4

 

 図4は、年代別の死亡率を示したものです。80代以上では感染した人の11.1%が死亡し、次いで70代では感染した人の5.2%が、60代では1.7%が死亡していました。一方でこの図にはありませんが、20代以下では死亡率は0%です。つまり、高齢者ほど死亡率が高いことが分かります。政府がワクチン接種を、高齢者から開始したのはそのためです。

 その結果、高齢者のワクチン接種が完了しつつある日本では、死亡者が減少することが予想されます。

 以下は、日本での感染者数(正確にはPCR陽性者数)と死者数の推移です。

 

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           (日本経済新聞  新型コロナウィルス感染世界マップ)

                  図5

 

 図5のように、日本では感染者数は増加傾向にありますが、死者数は減少傾向のまま推移しています。

 

デルタ株の脅威が迫っている?

 では、東京オリンピックを無観客にしようという論拠は、どこにあるのでしょうか。現在日本では、新型コロナウィルスのデルタ株が拡がっています。インドで確認されたこの変異株は、従来のコロナウィルスの1.95倍の感染力があると言われています。

 デルタ株の感染拡大に伴って、東京では感染者(正確にはPCR陽性者)の数が急速に増加しています。

 

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           (JX通信社 新型コロナウィルス最新感染状況マップ)

                  図6

 

 図6で示したように、東京の感染者数はすでに第4波のピークを越えています。このままで行けば、第3波での最高感染者数である2520人を超えるかも知れません。

 そうなれば東京都の医療は崩壊し、多数の死者を出す事態に陥るのでしょうか。東京オリンピックを無観客で行うことは、実は正しい選択だったのでしょうか。

 

感染力と死亡率は逆相関する

 そうではないとわたしは思います。なぜなら、ウィルスの感染力と死亡率は逆相関するからです。つまり、感染力の強いウィルスは、通常は死亡率が低くなるのです。

 このことは、少し考えてみれば分かることです。宿主を死亡させてしまうようなウィルスは、激しい症状を伴うでしょう。当然活動性は低下し、接する人数は減少します。その結果として、ウィルスの伝播は制限されます。逆に症状が軽いウィルスや無症状者が多いウィルスは、宿主の活動性が保たれますから、多くの人と接して感染も拡大しやすいでしょう。

 デルタ株もこうした特徴を備えていると思われます。

 以下は、インドでの感染者数と死亡者数の相関を示したグラフです。

 

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                     (デイリー新潮 5月20日配信)

                  図7

 

 図7は、東京大学AI生命倫理・疫学解析研究コア統括責任者の伊東乾氏による医療統計解析です。伊東氏は「勾配が急な線は、昨年10月から今年2月の従来株への感染者数と死者数の相関を示し、緩い線は今年2月から4月23日までの、同じ相関を示しています。後者のほうが感染は広がりやすい代わりに、致死率が少ないことがわかります」と指摘します。

 つまり、従来株は感染者数が比較的少なくても死亡者は多く、デルタ株は感染者数は非常に多いものの、死者が出る割合が少ないことが分かります。

 

デルタ株の死亡率は

 図7から、デルタ株によるインドでの死亡率を計算してみましょう。

 図7によれば、30万人で約1800人の死亡者が出ていますから、デルタ株によるインドでの死亡率は、

 

 1,800÷300,000×100=0.6(%)

 

となります。

 この結果を、日本での新型コロナウィルス感染症と比べてみましょう。

 7月17日までの日本の感染者数は83万4190人、死者は1万5029人ですから、日本での死亡率は、

 

 15,029÷834,190×100≑1.8(%)

 

となります。

 つまりデルタ株の死亡率は、従来株の3分の1程度だと類推することができます。

 

ワクチン接種と日本の医療水準を考えると

 日本では、死亡率の高い高齢者のワクチン接種はほぼ完了しています。そして日本の医療水準の高さを考えると、デルタ株による死亡率はさらに低下するでしょう。

 イギリスで感染者が急増しているにも拘わらず、死者が増えていないことを示すグラフをブログの最初に示しました。実は、イギリスで感染者数が増えているのはこのデルタ株です。デルタ株による感染者が急増してるのに死者が増えていないのは、元来の死亡率の低さに加えて、ワクチン接種とイギリスの医療水準の高さが影響を与えているでしょう。

 以上の事実から類推すれば、今後日本では感染者数は増えるものの、イギリスと同様に死者は少ないまま移行すると考えられます。

 

 したがって、東京オリンピックは、イギリスのUEFA EURO2020(サッカー 欧州選手権)やウィンブルドンテニスと同様に、感染対策に充分に注意しながら有観客で行うことが出来るはずなのです。(続く)