幼児期の心の成長に必要なもの(5)

 前回までのブログでは、幼児期の心の成長に不可欠な心的防衛機制と、幼児が心身の発育に伴って無能感を克服する過程について説明してきました。

 今回のブログでは、少し見方を変えて、性の問題について検討したいと思います。

 

両性具有から始まる人の性

 精神分析では、人の性は両性具有として出発すると考えます。両性具有とは、男性の性器と女性に性器を両方備えた存在のことを言います。ここではそうした身体的な両性具有のことではなく、心理的な両性具有のことを指しています。

 人は生まれた時点では、心理的に男性と女性の両方の性を有しているということです。つまり、身体的には男性として生まれても心理的は男性と女性の両方の性が、身体的には女性として生まれても心理的には女性と男性と女性の両方の性をそれぞれ有しているという意味です。

 

文化によって決められる性

 子どもは、家庭の中で、そして社会の中で大人に成長して行きます。その際に、男の子は大人の男性に、女の子は大人の女性へと成長します。それは、動物がオスやメスととして成獣になって行くように、本能によって規定されているのでしょうか。

 人の場合は、動物とは大きく違う点があります。それは、男性像や女性像は、文化によって異なるということです。男性像や女性像、または男性に求められるものや女性に求められるものは、日本社会と西洋社会では異なりますし、イスラム教社会ではさらに大きく異なります。また、同じ日本社会でも、江戸時代と明治時代、そして現代を比べても大きく異なっているでしょう。

 このように、男女の性は、文化によって、そして時代によって求められるものが異なっています。つまり、男性像や女性像はそれぞれの文化によって規定されているのであり、男性や女性は社会によって「創られている」のです。

 

人は一方の性を失いながら成長する

 両性具有で始まった人の性は、社会からの要請を受けて、どちらかの性に適合するように成長して行きます。両性の特徴をもった人は、男の子は大人の男性として、女の子は大人の女性として成熟して行きます。

 その際に、男性は自分の中に存在する女性的な性質を、女性は自分の中に存在する男性的なを削りながら成長します。男性は社会で求められる男性像を取り入れながら、一方で自分の中にある女性的な部分を排除し、女性は社会で求められる女性像を取り入れる一方で自分の中にある男性的な部分を排除して行くのです。

 こうして自分の中の異性を排除しながら、人は成人としての男性または女性に成長して行きます。しかし、意識から排除された異性の部分は、全くなくなってしまうわけではありません。人の無意識の中に、記憶痕跡として残っていると考えられます。

 

理想の相手は排除した異性を現している

 わたしたちは、異性に恋愛感情を抱きます。これは、同性に対する好感とは決定的に違います。その違いはどこからくるのでしょうか。

 恋愛は、相手に対する憧れから始まります。そして、いつも相手のことを想い続けるようになります。次に、何とか相手を振り向かせようと努力します。その結果、失恋すればひどく落ち込みますし、恋が成就すれば天にも昇るほどの絶頂感を味わいます。それはなぜか。

 わたしたちが理想とする異性は、実は成長する過程で排除した、もともと持っていた異性の性質を具現化している(ようにその人には見える)他者です。自分の中にかつて存在していたのに、泣く泣く削り取った性質、すなわち男性なら本来持っていた女性的な部分、女性なら本来持っていた男性的な部分を、実際に持っている異性です。そうした異性が目の前に現れたとしたらどうでしょう。付き合いたい、結ばれたいと願うのではないでしょうか。

 

かつての万能感を再体験する

 それは、乳幼児が当初有していた、いわば両性具有状態の再現です。自分がかつて有していた異性部分を実際にもっている異性と結ばれれば、乳幼児期と近似の状態が再現できます。

 乳幼児期の精神状態、それは万能感を感じていた「錯覚」の時期でした。理想の異性と結ばれることは、この万能感の再現することに他ならないでしょう。そのため、恋の成就は天にも昇る絶頂感を味わえるのです(ただしそれは、いっときの錯覚に過ぎないのですが)。

 一方で、失恋はこの万能感を失うことであり、人生で最初に味わった絶望感の再現でもあります。この絶望感は筆舌に耐えない苦しみをもたらしますが、現実に直面し、苦境をを乗り越える経験を人に与えることにも繋がるのです。

 

LGBT理解増進法

 昨年6月に岸田政権は、バイデン政権の命を受けて、LGBT理解増進法を強引に成立させました。この法案の問題点について、精神分析的な観点から言及しておきましょう。

 LGBT(エルジービーティー)とは、レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシャル (Bisexual) の3つの性的指向と、トランスジェンダー (Transgender)が有するジェンダーアイデンティティ性自認・性同一性)の頭文字を組み合わせたもので、特定の性的少数者を包括的に指す総称です。

 人の性的指向に、同性が含まれるのは動物にはみられない特異的な現象です。当たり前のことですが、みなさんは同性を性的な対象にする動物を見たことがないでしょう。なぜ、人間だけに同性愛がみられるのでしょうか。その原因は、人の性が両性具有として始まっているからです。

 

同性が性的対象になるのは

 両性具有として始まった人の性は、一方の性を排除しながら男性または女性として成熟します。その際に排除した性的な性質が、将来性的に求める対象になります。同性愛者に特徴的なことは、排除した性質の中に、自分の理想的な同性の要素が入り込んでいることです。

 例えば、男性になるためには、自分の中の女性的な性質を排除して成長します。その際に、女性的な性質と共に、自分が達成できないと感じた理想の男性的な性質も一緒に排除されることがあります。女性の場合も同様です。排除される男性的な性質と共に、自分が達成できないと感じた理想の女性的な性質も排除されることが起こります。こうした場合に、将来求める性的な対象が、理想的な性質を有しているように感じられる同性の他者になるのことが起こるのです。バイセクシャルの場合は、排除される理想の性が、両性に及んでいるのだと考えられます。

 トランスジェンダーでは、この関係がはっきりしています。身体的には男性であっても、自分の中の男性的な性質を排除して、心は女性として成長します。そのため、性自認は女性であり、性的に求める対象は男性になります。女性の場合は身体的には女性であっても、自分の中の女性的な性質を排除して、心は男性として成長します。性自認は男性になり、性的に求める対象は女性になります。この場合は身体的な性と性自認が異なるため、医療的な対応を行うか否かという問題が生じます。

 

LGBT理解増進法の問題点は

 LGBT理解増進の問題点は色々ありますが、その一つにLGBTの存在を小中学校時代から教育するという問題があります。

 人の性は両性具有から始まっています。性の成熟は、異性の性質を排除しながら進みます。小中学生の時代は、まだ性の成熟が充分進んでいない不安定な状態にあります。男性なら女性的な性質が、女性なら男性的な部分が、未だしっかり残っている時代であることを忘れてはなりません。

 こうした時期に、性には多様性があることを教えたらどうなうでしょう。レズビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダー は異常ではない、むしろ彼らの人権を尊重することが必要であると教育するのです。

 まだ自分の性が確立されていない子どもたちは、自らの性の認識に少なくはない混乱をもたらすでしょう。それだけでなく、性的な対象が同性だと認識したり、自分はトランスジェンダーだったんだという「気づき」を与える教育になりかねません。

 こうした教育は、幼児期の心の成長にとって、まさに「不必要なもの」に他ならないのです。(了)