安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(番外編)日本の新型コロナ戦略 ①

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 前回までのブログ、「『Fukushima 50』からみえること」では、日本存亡の危機であった原発事故が、官邸や東電本店によってではなく、いやむしろ官邸や東電本店の度重なる失態にもかかわらず、福島第一原発で働く現場の人々の働きによって収束したことを述べてきました。

 これと同じことが、現在進行中の新型コロナウィルス感染症にも当てはまるのでしょうか。

 

世界で爆発的に拡大

 新型コロナウィルス感染症パンデミックを起こしています。感染は南極大陸を除く世界中に拡散し、世界の感染者は3月31日の時点で79万8228人、死者が3万7888人に上っています(ただし、3月8日のブログで指摘したように、3月6日の時点での中国の発表は、実数の14分の1以下であると推定されるため、現在の中国の感染者数はまったくあてにならず、世界の感染者の実数はさらに大きいと考えられます)。

 特に欧米諸国でのオーバーシュート(爆発的な感染拡大)は著しく、感染者数はまさに爆発的に増えています。特に増加が著しいイタリア、スペイン、アメリカの感染者数を以下に示してみましょう。(カッコ内は死者数)

 

         3月1日     3月15日      3月31日

イタリア    1,128(29)   2万1157(1,441) 10万1739(1万1591

スペイン      45(0)    5,753(136)   8万5195(7,340

アメリ      74(1)    3,499(63)   18万8172(3,873

                        (出典/日本経済新聞社

 

 3月の1か月間で増加した感染者数は、イタリアが90倍、スペインが1890倍、アメリカが2540倍にもなります。まさに感染爆発が起こったのだと言えるでしょう。

 

抑えられてきた日本の感染者

 これに対して、日本のコロナウィルス感染者数は、安倍内閣の初期対応が不十分だったにもかかわらず、欧米のような感染爆発は起きてきませんでした。その推移を、欧米諸国と比べてみましょう。

 

         3月1日     3月15日      3月31日
イタリア    1,128(29)   2万1157(1,441) 10万1739(1万1591
スペイン      45(0)    5,753(136)   8万5195(7,340
アメリ      74(1)    3,499(63)   18万8172(3,873

 日本        2566)                 81224)               2,14966) 

                        (出典/日本経済新聞社

 

 3月の1か月間で増加した感染者数は、イタリアが90倍、スペインが1890倍、アメリカが2540倍だったのに対して、日本はわずか8.4倍に過ぎません。

 なぜ、このような差ができたのでしょうか。一部では、日本がPCR検査を制限したために、感染者数が見かけ上少ないのだという指摘があります。実際には、PCR検査を受けていない膨大な感染者数が存在するというわけです。

 しかし、この指摘は当てはまりません。それは、日本の死者数が少ないことからも分かります。もしPCR検査を受けていない感染者が膨大に存在したなら、死者も欧米並みに増加するはずだからです(死者に対してもPCR検査を受けていないのではと反論する人がいるかも知れません。もしそんなことをしたなら院内感染が爆発的に起こり、病院はたちまち機能停止に陥ってしまうでしょう)。

 では、日本の感染者数が抑えられてきたのはどうしてでしょうか。

 

新型コロナウィルスの感染連鎖

 この理由を理解するためには、新型コロナウィルスの特徴を理解することが必要です。

 厚生労働省対策推進本部クラスター対策班で、東北大学大学院医学系研究科の押谷仁教授によれば、新型コロナウィルスの感染連鎖には、次ような特徴があるといいます1)

 新型コロナウィルスの感染に対して、当初には次のような謎がありました。

 コロナウィルス感染者の濃厚接触者でも、感染者が出ない例が多数ある反面、世界中でコロナウィルスの大流行が起こっていることです。

 その理由は、以下のように考えられています。

   

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                  図1

 

 図1のように、多くの感染者は濃厚接触者に対しても感染させていませんが、ある感染者が多くの人に感染を起こすために、新型コロナウィルスの流行が起こるのです(多くの人に感染させる人を、スーパー・スプレッダーと呼びます)。

 感染が起こった患者の集積のうち、5人以上のものをクラスター(クラスターとは、元々は花やブドウなどの房の意味です)と呼びます。このクラスターが起きなければ、感染は次第に収束して行くことになります。

 では感染者が爆発的に増えるのは、どのような場合に起こるのでしょうか。それは、以下のようにして起こると考えられます。

 

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                   図2

 

 図2のように、クラスターの中の一人が新しいクラスターを発生させ、そのクラスターが次のクラスターを発生させれば、感染者は次々と増加して行きます。

 さらに、感染者を増加させる状況があります。

 それが、メガクラスターの発生です。

 

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                   図3

 

 図3のように、一人の感染者が一度に非常に多くの人々に感染させることが起きれば、感染者は一気に膨れ上がります。この非常に大規模なクラスターをメガクラスターと呼びます。メガクラスターからは、2次的に多くのクラスターが生じます。

 以上のようなクラスターの連鎖的が発生が、感染者の爆発的な増加を生み出しているのです。これが、オーバーシュートと呼ばれる現象です。

 では、オーバーシュートを起こさないようにするためには、どうしたらいいのでしょうか。その鍵は、クラスターがなぜ発生するかを解明することです。

 クラスターさえ発生しなければ、新型コロナウィルスは濃厚接触者にも感染しないことが多いのですから、感染はやがて収束していくと考えられるからです。

 

クラスターはなぜ生じるのか

 クラスターが発生する条件は、押谷教授によれば、以下のようになります。

 

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                   図4

 

 図4のように、クラスターができる状況は、通常の感染症と異なります。多くの感染症は、咳、くしゃみなどの飛沫感染で伝染します。しかし、新型コロナウィルスでは、咳やくしゃみのない人でも、人に感染させることがあります。しかも、一度にたくさんの人に感染させることが可能なのです。

 その条件とは、大声を出したり、歌を歌うなどの換気量が増大するような活動と、1対複数の密接した接触が挙げられています。これはいったい何を意味するのでしょうか。

 

エアロゾルによる感染

 感染症の感染経路は、飛沫感染と空気感染、そして接触感染に分けられます。このうち、飛沫感染と空気感染は次のような違いがあります。

 飛沫感染とは、病原体を含んだ鼻水や唾液、痰などの飛沫が、感染者の咳やくしゃみなどで飛び、相手の粘膜に付着することによって感染するもので、一般的には2m以内で、30分程度同じ場所にいれば感染する可能性があると言われています。逆に言えば、2m以上離れていたり、数分のみの接触であれば、感染リスクは低くなります。

 一方空気感染とは、咳やくしゃみで飛んだ飛沫の水分が蒸発した後、病原体のみが長時間空気中を漂い、その空気を吸い込んだ人が感染することです。空気感染では、感染者がいた部屋に入ったり、離れた場所にいても感染する可能性があります。

  新型コロナウィルスは、現在のところ飛沫感染接触感染によって感染すると考えられています。しかし、飛沫感染だけではメガクラスターは生じませんから、新型コロナウィルスの感染には、空気感染に近い要素があると考えられます。ただし、SARSや風邪症候群などのコロナウィルスは、病原体のみになったときには感染力を失ってしまいます。したがって、新型コロナウィルスでは、本来の飛沫感染とも、結核、麻疹、水疱瘡などの空気感染とも異なる感染経路を想定する必要があります。

 そこで考えられる仮説の一つが、エアロゾルによる感染です。エアロゾルとは、霧状に浮遊する粒子のことです。この粒子の中にウィルスが混じて空中を浮遊するわけです。ウィルスを含んだ粒子は、くしゃみや咳をしたときはもちろん、大声で喋ったり歌ったりしたときも生じます。この口から生じたエアロゾルを、マイクロ飛沫と呼びます。そして、このマイク飛沫は密室空間では、かなり長時間にわたって空中を浮遊することが分かっています。

 新型コロナウィルスが、エアロゾル状のマイクロ飛沫によって感染すると仮定すれば、大声を出したり歌ったりするといった、換気量が増大するような活動で感染が増大する理由が理解できます。また、密室空間で感染が起こりやすいのも、マイクロ飛沫が密閉された空間で長時間存在することから理解できます。逆に言えば、空気の流れのある場所では、感染は起こりにくくなるでしょう。

 そして、マスクの効果についても、重要な示唆を与えてくれます。通常のマスクでは、ウィルスの通過は防げません。そのため新型コロナウィルスでも、マスクは感染防止に効果がないと言われてきました。しかし、ウィルスの伝染が飛沫やエアロゾルを介するのであれば、マスクによって飛沫やエアロゾルの通過を防ぐことができます。

 日本の感染者が少ない原因の一つに、手洗い、うがいの他に、マスクの着用率が高いことも挙げられるのではないでしょうか。

 

クラスターの発生条件

 以上の検討から、導かれるクラスターの発生条件は次のようになります。

 

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                図5

 

 図5のように、手の届く距離に多くの人がいる、近距離での会話や発声がある、密接空間であり喚起が悪い、という条件が揃ったときにクラスターが発生しやすいことが分かっています(これを、集団、近距離、密閉空間から、集近閉(=習近平)と呼んでいる人もいるようです)。

 日本のコロナウィルス感染症対策では、このクラスターに着目し、クラスターを可視化することに重点が置かれてきました。そして、可視化されたクラスターから、新たなクラスターが生じないように、感染者を管理下に置く対策が行われました。クラスターの中にいた一人一人に対して、集団、近距離、密閉空間から遠ざかるように徹底した指導がなされたのです。

 この対策が、日本にオーバーシュートが起こっていない重要な要因になっていると考えられます。厚生労働省対策推進本部クラスター対策班を中心とした、こうした地道な活動が功を奏して、日本の感染者数はこれまで抑えられてきたと考えられます。

 

日本でもオーバーシュートが起きるのか

 しかし、楽観視ばかりはしていられません。日本の新たな感染者数が、以前より目立って増加しています。

 

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                   図6

 図6は厚労省が発表した、コロナウィルス感染症の日別確定人数の推移です。3月の下旬から、日本でも感染者数が急速に増加しており、さらに4月に入るとこの傾向は加速しています。

 このまま感染者数は増加を続け、欧米のようなオーバーシュートが日本でも発生してしまうのでしょうか。(続く)

  

 

 文献

1)COVID-19への対策の概念 新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する厚生労働省対策推進本部クラスター対策班 東北大学大学院医学系研究科・押谷仁 (2020年3月29日暫定版)