皇室の伝統はなぜ変えてはいけないのか(14)

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 前回のブログでは、統合失調症の妄想内容の変遷からみた、日本社会の構造変化を検討しました。日本人の妄想から皇統神話を基にした血統妄想が失われ、妄想の中に社会の中心で世界を動かす人物が現れなくなったことは、日本社会が中心統合構造から脱していることを示します。そして、天皇が中空の象徴としての機能を回復し、日本社会が古来から継続してきた中空均衡構造に戻りつつあることを意味しています。

 では、最近問題になっている女性宮家の創設や女系天皇の容認は、日本社会の中空均衡構造にどのような影響を与えるのでしょうか。

 

和の文化と平等な社会

 日本文化は、1万年以上にわたって戦いから遠ざかっていた縄文文化を基底に備えています。日本列島に戦争の文化を持ち込んだ弥生人は、縄文人との関係では、棲み分けと混血という途を選びました。こうした前史時代の日本文化は、聖徳太子によって「和の文化」として表象化されました。さらに和の文化は、親鸞聖人の「悪人正機説」に代表されるような究極の平等思想を生みました。日本社会ではこうして和の文化が育まれ、和の文化からは平等な社会を目指す思想が発展してきました。

 

中空均衡構造と平等な社会

 和の文化から生まれた平等思想は、平等な社会を導く道標になっています。それだけでなく日本社会には、平等性を支える社会構造が存在しています。それが、天皇を中空の象徴に置いた中空均衡構造です。その構造を、もう一度振り返っておきましょう。

 中空均衡構造を、江戸時代の社会を例にとって示すと以下のようになります。

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              図1

 

 江戸時代は幕府が政治を行っていましたが、社会の中心には表には現れない、空の象徴としての天皇が位置していました。そして、中空の天皇の周りを、身分制度である武士、農民、職人、商人が取り囲んでいました。

 日本社会の中心には空が存在し、この空の象徴である天皇には権力や財力がありません。また天皇が、社会の原理や価値を創造することもありません。
 天皇が空の象徴として存在する日本社会は、中心の権力や権威をもとにして社会を統合することができません。そのため、中心統合構造を原理とする社会のように、権力者を頂点に据えたピラミッド構造を形成することができません。その結果として、士農工商のような階層も次第に独立した存在になって行きます。

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                  図2

 

 日本社会の構造は図2のように、天皇という空を中心に据えた並列型の構造になりました。士農工商という身分制度はありましたが、これはピラミッド型の上下関係ではなく、社会の中心から同心円状に広がる階層を形成しました。それは切ってお皿にのせたバウムクーヘンのようであり、わたしはこれをバウムクーヘン型構造と呼んでいます(図2は、バウムクーヘンを真ん中で切った縦断図です)。
 上下関係は、武士なら武士、農民なら農民といった各階層の中で生じますが、これも年功序列のように、皆が等しく上の立場に立てるような、より平等なものになりました。こうして日本は、天皇を中心に戴いた、より平等な社会を形作ることになったのです。

 

天皇が中空の象徴であるのは

 日本に最も古くからある神道には、開祖がなく、明確な教義や経典もなく、救いの方法も示されていない宗教であることを指摘しました。だからこそ、神道は日本の中心に位置し、中空の象徴としての役割を果たしてきました。
 同様に、天皇にも一般の人にあるはずのものがありません。まず天皇には姓がありません。そして、基本的人権である、参政権職業選択の自由がありません。さらに信教の自由や、居住地選択の自由もありません。思想や表現の自由、婚姻の自由もかなり制限されています。そもそも、天皇は国民ですらありません。
 これらの特徴は、天皇が社会の中心で、中空の象徴としての役割を果たすようになるにつれて形成されてきたものと考えられます。そして、天皇にさまざまなものがなくても日本の中心に位置することができるのは、皇室に千八百年以上の歴史があり、天皇が日本の中心に存在し続けてきたという、動かしがたい事実が厳然と横たわっているからです。

 

女系天皇が社会に与える影響

 現在の皇室に男系男子が少ないことから、最近は女性天皇論や女性宮家の創設、さらには女系天皇容認論までが議論されるようになっています。これが何を意味するのかを、社会構造論的に考えてみましょう。

 女系天皇が何を意味するのかを検討するために、具体的な例を挙げることから始めてみましょう。もし女系天皇が古代から容認されていたら、日本はどうなっていたでしょうか。

 例えば蘇我氏は、娘たちを欽明天皇の妃とすることによって、用明天皇崇峻天皇推古天皇をはじめとする多くの皇子、皇女の外戚になって、権力をより強固なものとしました。
 藤原不比等も、娘二人を文武天皇聖武天皇に嫁がせ、天皇との密接な結びつきを築きました。平安時代にも、藤原冬嗣が娘を仁明天皇の妃とし、冬嗣の子である良房は娘を文徳天皇の妃とし、藤原家による摂政、関白政治の基礎を作りました。
 保元・平治の乱によって権力を得た平清盛は、娘を高倉天皇中宮に入れ、外戚となって権勢を振るいました。

 もし女系天皇が容認されていたとしたら、蘇我氏藤原氏平氏は、女性の皇族と、嫡子との婚姻関係を結ばせたでしょう。

 

女系天皇は空の象徴ではなくなる

 女性の皇族(または女性天皇)と一般男性が結婚し、その子が次代の天皇になった場合に、その天皇女系天皇となります。蘇我氏藤原氏平氏がもし嫡子を女性皇族と結婚させ、その子を次代の天皇にしたとしたら、日本には女系天皇が誕生していました。そして、その天皇は、蘇我天皇、藤原天皇、平天皇となっていました。

 蘇我天皇、藤原天皇、平天皇は、いわゆる「ない天皇」ではありません。蘇我氏藤原氏平氏は時の最高権力者ですから、権力も財力もほしいままにしています。そこにさらに天皇という、歴史に裏打ちされた最高権威までも得ることになります。

 こうして誕生した蘇我天皇、藤原天皇、平天皇は、もはや中空の象徴などではありません。権力と権威をすべて兼ね備えた神のような存在になります。

 

女系天皇は中心統合構造に繋がる

 こうして権威だけでなく、権力や財力もすべて備えた女系天皇は神のような存在になり、絶対的な力を備えて社会の中心に存在することになります。それはユダヤキリスト教といった一神教文化のように、強力な中心が原理と力をもち、それによって全体が統合される構造に繋がります。つまり、日本社会が中空均衡構造から中心統合構造に変化することになるのです。

 中心統合構造を原理とする社会では、中心が強力な原理と力をもち、それによって全体が統合されます。そのため、権力や権威、さらには財力も社会の中心に集められます。
 一方で、社会の周辺に存在する者は、周辺に行くほど権力や権威や財力が失われて行きます。さらに、社会の周辺の者ほど抑圧や搾取を受けるため、社会の底辺に位置するようになります。その結果として、社会は権力者を頂点に据えた、ピラミッド型の構造を呈するようになって行きます。

 日本に女系の蘇我天皇、藤原天皇、平天皇が誕生した場合は、日本の社会構造は次のようになっていたでしょう。

 

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                  図3

 

 図3で示したように、時の権力者が嫡子と女性皇族との間で婚姻関係を結ばせ、その結果女系天皇が誕生した場合には、天皇の性質は変質し、日本社会は中心統合構造になったでしょう。そして、社会からは平等性が失われ、ピラミッド型の社会構造を呈するようになったと考えられます。

 現在の皇室でも、明治以降に天皇が一時的に中心統合構造の中核としての役割を担いました。しかし、戦後には、本来の中空の象徴としての姿に戻っています。天皇が中空の象徴に戻ることができたのは、中空の象徴を担ってきた長い伝統があるからです。これが女系の蘇我天皇、藤原天皇、平天皇であったなら、天皇は中空の象徴としての存在には二度と戻れなかったでしょう。

 

一般男性でも影響は大きい

 以上の検討は、女性皇族の結婚相手が時の最高権力者の嫡子だった場合であり、現代社会では当てはまらないと言う指摘もあると思います。

 しかし、一般男性であっても、その影響は決して小さくありません。もし皇室典範が改定され、第一子相続となって愛子内親王天皇陛下になられれば、これは女性天皇です。そして愛子陛下と一般男性が結婚され、その第一子が次代の天皇になれば、それが男性であっても女系天皇になります。これは何を意味するのでしょうか。

 その一般男性が、たとえば鈴木家の男性であれば、愛子陛下との嫡子は鈴木家の嫡子でもあります。すると皇室に初めて、鈴木天皇家という新たな家柄が誕生することになります。それは同時に、これまでの皇統が断ち切られることを意味します。千八百年以上続いてきた皇統が断絶し、新たに鈴木天皇家の歴史が始まることになるのです(女性宮家の創設も、一般男性が皇室に入ることになり、何代か経つうちに同じことが起こります)。新たな鈴木天皇家は、連綿と続いてきた皇室だからこそ果たせた中空の象徴としての役割を、継承することができるでしょうか。

 

皇室は日本社会の根幹である

 以上のように考えると、皇室は日本社会の根幹を支えていることが分かります。千八百年以上の歴史を繋ぐ皇室は、中空の象徴として、日本社会を形成する中空均衡構造の中心に位置する役割を果たしてきました。中空均衡構造は、日本社会をより均質で平等にしてきました。それは、日本で創造された和の文化とそこから誕生した平等思想を、現実のものとするための社会的な装置でもありました。畢竟、日本の国柄は、皇室の伝統と和の文化によって支えられていると言っても過言ではないでしょう。

 

 皇室の伝統を変えることは、「時代に合わせて新たな皇室像を考える」というような単純な話ではありません。日本社会の根幹を動かし、日本の国柄を変えてしまいかねない問題なのです。

 国家間の格差だけでなく、国家の中での社会格差が拡がり続けている昨今の世界情勢の中で、日本人が守り続けてきた皇室の伝統の重要性を、もう一度見直してみる必要があるのではないでしょうか。(了)