安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(11)

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 新型コロナウィルス感染症安倍内閣が行った政策に対して、これまでマスコミからは非難が続けられてきました。それは政策だけでなく、安倍総理の私的な行動や昭恵夫人の言動にまで及びました。

 それにもかかわらず、日本の感染者数も死者数も世界の中では少ない方に位置づけられます。そこから言えることは、安倍内閣の新型コロナウィルス感染症対策が、今のところ数字上では着実な成果を収めていることです。

 この矛盾はどうして起こっているのでしょうか。

 

日本の対策は上手くいっていない?

 日本のコロナ対策が成果を収めていると言うと、必ず次のような反論が寄せられます。日本では新型コロナウィルス感染症は実態が正確に把握されておらず、日本のコロナ対策は決して上手くいっている訳ではないという批判です。

 具体例を挙げてみましょう。

 4月26日放送のTBS系「サンデー・ジャポン」で、杉村太蔵氏が日本の新型コロナの対応について、「日本は欧米諸国に比べて死亡者数が非常に少ない。日本の対策は海外に比べて圧倒的に勝っているんです」と主張しました。この発言に対して、元経済産業省官僚の岸博幸氏が、「杉村くん、間違ってる。全体を考えると死亡者数だけじゃなくて、感染者数の増加を抑えられるかという、いろんな要因を考える必要がありますので、死亡者数が少ない本当の原因が分からない中では、それだけをもって日本が勝っているというのは、正直言って、わけが分からないです」と杉村氏の発言を真っ向から否定しました。

 わたしには、岸氏の発言の方が理解できません。杉村氏はコロナウィルス感染症の死亡者数をもって、日本のコロナ対策は外国に勝っていると主張しています。

 感染者数は抗体検査が行われていない現状では、正確には分りません。そして、現在行われているPCR検査の数も、充分とは言えないでしょう。そのため対策の効果をみるには、死亡者数の変化をみることが最も現実に即しています。したがって、杉村氏の指摘するように死亡者数の少ない日本のコロナ対策は、相応の効果を治めていると判断することができます。

 一方で、岸氏が杉村氏の意見が間違っていると否定するためには、死亡者数が少ないのは日本の対策が功を奏しているからではない、という明確な理由を述べることが必要です。そのためには、死亡者数が少ない他の理由を提示しなければなりません。別の理由があるからこそ、杉村氏の主張は間違っていると否定できるのです。

 しかし、岸氏は「死亡者数が少ない本当の原因が分からない」と言っているのですから、杉村氏の意見を否定することはできず、せいぜい他の理由も考える必要があると助言できるだけでしょう。

 一連の発言からは、政府の政策を評価するなどとんでもない、政府の政策を批判することこそわれわれの役割だ、という使命感とさえ言える姿勢が垣間見えるように思われます。

 

PCRを妄信する人たち

 日本はPCR検査が制限されており、実際の感染者数が過少申告されているため、日本のコロナ対策は決して上手くいっている訳ではない、と主張する人たちの具体例も挙げておきましょう。

 4月27日放送の日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」に、全国紙各紙に「実際の国内感染者数は発表されている数の12倍、15万人以上いる」と発表した群星沖縄医療研修センター長の徳田安春医師がリモート出演しました。そこで宮根誠司キャスターは「PCR検査をたくさんすることによって、陽性、感染した方を見つけて、その方を早めに治療して治す。もしくは自宅療養などしていただき、入院もしていただいて、(陽性率を)7%に下げていくってことですよね」と指摘すると、徳田氏は「全く、その通りです」と答えました。

 本当にそうでしょうか。

 

PCR検査が治療に結びつかない

 PCR検査を増やすことには、二つの問題点があります。

 一つ目は、それが治療に結びつかないということです。

 もしPCR検査を、希望者全員に行ったとしたらどうなるでしょう。まず検査の時点で大混乱が起こると思われます。希望者が病院に殺到し、外来業務が滞ってしまうでしょう。それだけではありません。病院の外来が「3密」の状態になり、外来がクラスターになりかねない状況が生じます。

 さらにPCR検査によって大量の陽性者が出た場合には、次のような問題が生じます。大量に生じた陽性者の、行き場がなくなってしまいます。病院の新型コロナウィルス感染者用のベッドには、数に限りがあります。PCR陽性でも症状がない人が入院してしまえば、肺炎を起こして治療が必要な人のベッドが足りなくなるでしょう。これまで言われてきたように、そうなれば本来は救える命が救えなくなってしまいます。

 では、陽性者で症状のない人は、自宅で療養していればいいのでしょうか。これにも次のような問題があります。まずは急変の問題です。新型コロナウィルスには、急激に病状が悪化する症例が報告されています。急変して本来は助かるはずの命が、助けられないことが起こっています。急変の問題は、一人暮らしの人だけでなく、家族が外出して一人になってしまうような場合、さらには病状の急変を家族が正しく判断できない場合にも起こります。

 さらに、家庭内感染の問題もあります。同居者が充分な知識を以って接しなければ、家庭はミニクラスターになる危険性を孕んでいます。実際に家庭内で療養することによって、家族に感染させてしまったという報告が各地で多数みられています。そのため家庭内療養は、現時点では推奨される対処法ではないと考えられます。

 

PCR検査は偽陰性が多い

 もう一つの問題点は、PCR検査に偽陰性が多いことです。

 新型コロナウイルスPCR検査の感度は低く、70%程度ではないかと言われています。感度とは、ウイルス感染しているときに陽性であると正しく判定できる割合です。PCR検査の感度が70%だと、ウイルス感染している人が100人いたときに70人が陽性と判定されますが、残りの30人はウイルス感染しているのに陰性と判定されてしまいます。このように、実際は感染しているのに陰性と判定されることを偽陰性と呼びます。偽陰性が多いことが、PCR検査の最大の問題点です。

 また、PCR検査で一度陰性になったにもかかわらず、その後に再度陽性になったという報告も散見されます。これは偽陰性の問題なのか、新型コロナウィルス感染症に特異な現象なのかまだ見解が統一されていません。しかし、いずれにしてもPCR検査を妄信し、陰性だったからと安心して活動範囲を広げてしまえば、その人たちが感染を広めてしまうことが起こるのです。

 以上の二つの問題点から言えることは、宮根氏が指摘したような「PCR検査をたくさんすることによって、陽性、感染した方を見つけて、その方を早めに治療して治す。もしくは自宅療養などしていただき、入院もしていただいて、(陽性率を)7%に下げていくってことですよね」という対応は、現実の医療には即していないということです。

 宮根氏の指摘に対して徳田安春医師が「全く、その通りです」と答えたのは、理論上はその通りという意味だと推察しますが、残念ながら医療現場の実情をご存じない発言であったとわたしは思います。

 そもそも新型コロナウィルス感染症の正確な診断は、PCR検査だけでなく、臨床症状、血液検査、CT検査をもって総合的に行わなければならないという視点を忘れてはなりません。

 

PCR検査を拡大するための条件

 当初は十分でなかったPCR検査を行う体制は、徐々に整いつつあります。それに伴って、今後はPCR検査が行われる機会が増加して行くことになるでしょう。

 しかし、PCR検査は、ただ増やせばいいというものではありません。検査数の増加によってもたらされる陽性者数の増加に、対応できる医療体制を整えておくことが大切です。

 具体的には、PCR陽性でも臨床症状のない人、そして発熱や咳などの症状があっても症状が軽い軽症者を収容できる施設の充分な確保が必要になります。現在はホテルが中心になっていますが、そこでは24時間病状を把握できる看護師などの医療者が常駐することが必要不可欠です。病状が急変した場合に、適切に病院での治療に繋げるためです。

 また、病状を確認するためには、パルスオキシメーターという医療機器も必須です。パルスオキシメーターとは、指先を検知器(プローブ)に挟むだけで血中の酸素飽和度と脈拍を測れる機器です。入院治療が必要になる一つの基準が、酸素投与が必要であるかですから、パルスオキシメーターによる病状の把握が重要になるわけです。

 また、PCR検査を行う場所の配慮も必要です。現在多くの総合病院では、発熱外来を設けて、一般患者の受診とは別に発熱患者の診療を行っています。それは新型コロナウィルス感染者が、ほかの患者さんと接する機会を極力なくすためです。今後個人病院でもPCR検査を実施できるようにするためには、同様の配慮が必要になります。個人病院で対応することが難しければ、地域の個人病院から人を派遣する形で、発熱者や濃厚接触者を専門で扱う診療所を開設する方法もあります。

 いずれにしても、PCR検査を増やすときに配慮しなければならないのは、殺到するであろう検査希望者から、他の病気の患者さんに新型コロナウィルスを感染させないという徹底した対策です。

 

ドライブスルー方式は

 他の病気の患者さんに感染させないための方法として考えられたのが、車に乗ったまま検査するドライブスルー方式でのPCR検査です。これならば、病院にかかることなく検査がでます。

 ドライブスルー方式は、現在新潟市名古屋市で行われていますが、対象は濃厚接触者だけです。厚生労働省は現在の倍近い1日当たり2万件までPCR検査を実施できるよう拡充する方針を打ち出す過程で、ドライブスルー方式についても検討を進めているといいます。しかし、ドライブスルー方式を採用するためには、上述したように、陽性判定された人たちを隔離できる施設が確保されていることが必要になります。

 また、楽天が法人向けに新型コロナウイルスPCR検査キットを販売しようとしました(現在は出荷停止)が、これは非常に危険な行為と言わざるをえません。検査は自分で採取棒(綿棒)を鼻に突っ込んで検査試料を採取し、容器や封筒で密封して専用回収ボックスに入れる仕組みです。専門家が行っても感度が70%しかない検査なのに、自分で綿棒を突っ込む方法では、偽陰性がさらに増加することが予想されます。陰性のお墨付きを得たと考えた偽陰性者が、感染をさらに拡大させる危険性を認識しなければなりません。

 いずれにしても、PCR検査をやみくもに増やすことは、医療崩壊を招くことに繋がります。PCR検査を増加させるためには、それに対応できる医療体制を整えることが必要不可欠です。そうしなければ、せっかく収束しかけた新型コロナウィルス感染症が、再び拡大する事態を招いてしまうでしょう。(続く)