安倍政権はなぜ歴代最長になったのか(7)

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 安倍内閣が呈するようになった中空均衡構造は、日本の社会に適応したものでした。日本は何よりも和を尊重する社会であり、対立した存在を全体的な調和の中に組み込もうとする中空均衡構造は、日本社会に適した構造だったからです。安倍政権が歴代最長になった最大の要因は、まさにこの点にあったと考えられます。

 しかし、中空均衡構造には、負の側面も存在しています。今回のブログでは、中空均衡構造の負の側面について検討したいと思います。

 

リーダーを嫌う

 全体の調和を優先する中空均衡構造のもう一つの側面は、リーダーを嫌うことです。

 河合隼雄氏は、次のように述べています。

 

 「日本人は中心統合構造の中心のようなリーダーを嫌う傾向がある。集団の長となる者は、全体をリードする者ではなく、全体の調和をはかる者として期待される。このために、欧米人の観点からすれば、何らの能力もないのに日本では集団の長になっている人があって、不可解に思われたりするのである」(『神話と日本人の心』1)313ー314頁)

 

 強力な中心が原理と力をもち、それによって全体が統合される中心統合構造のリーダーとは異なり、日本では全体の調和をはかることがリーダーの資質として求められています。

 そのことが負の側面として現れたのが、今回の新型コロナウィルス感染症への対応です。

 

未知のウィルス感染症

 2019年12月に、中国の武漢新型コロナウイルスによる肺炎が発生しました。このウィルスの感染は瞬く間に広まり、多数の死者が出る事態となりました。中国政府は、1月23日には武漢市の交通機関をすべて停止し、街を封鎖するという強硬手段に出ました。人口1000万人を超える都市を封鎖するという異常な事態は、中国はもちろん、世界の歴史にも例のない前代未聞の出来事であると言えるでしょう。

 さらに1月24日には、イギリスのランカスター大学とグラスゴー大学、そしてアメリカのフロリダ大学の研究者からなる研究チームが、2月4日までに武漢だけで、感染者数が25万人以上に達すると予測する科学論文を発表しました。論文によると、感染者数の予測区間は164,602人〜351,396人とあり、最大35万人超が感染する可能性さえ指摘されています。

  一挙に増大した患者をさばくだけの医療機関武漢市には存在せず、患者が殺到した病院では医療体制が崩壊しました。そのことが、感染者と死者の数をさらに増大させるという悪循環を形成しました。中国から発表される感染者数や死者数には、当初から疑問の目が向けられていました。これらの数は、病院で治療を受けたり死亡が確認された人の数であり、治療を受けられずに死亡した数は含まれていないのではないかという指摘もなされています。

 

中国からの入国を拒否する米国

 新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大に対して、アメリカ政府は、1月31日に「米国としての公衆衛生上の緊急事態を宣言する」と表明しました。アメリカ国内での感染拡大阻止に向け、新型肺炎震源とされる中国・湖北省渡航した米国民を強制的に隔離するほか、過去14日間に中国に滞在した外国人すべての入国を拒否する措置を講じるとし、2月2日からこれを実施しました。

 他にも1月20日北朝鮮(!)、21日に台湾、27日にマレーシアとスリランカ、28日にフィリピン、29日にシンガポール、2月1日にオーストラリア、2日にニュージーランドが次々と中国からの入国者を拒否する措置を発表しています。

 

対応が遅れる安倍内閣

 これに対して安倍総理は、1月27日に新型コロナウイルスによる肺炎を感染症法の「指定感染症」とする方針を表明しました。指定感染症にすることで、患者に入院を勧告し、従わなければ強制入院させることができます。しかし、中国からの入国者に対しては、発熱、咳などの他に「武漢滞在」「武漢の人と接触」という要件がないと、検査は行われず、日本への入国も制限されませんでした。

 1月31日になって安倍総理は、入国申請前14日以内に中国湖北省に滞在歴があるすべての外国人の入国を拒否すると発表しましたが、その後も中国全土からの入国拒否は行われていません。2月13日になって政府は、湖北省を対象に実施してきた入国拒否の措置を、新たに浙江省にも拡大しました。そして14日には、感染が集中している浙江省温州市を湖北省と同等となる、上から2番目の「レベル3」(渡航中止勧告)へと引き上げました。
 しかし、湖北省と温州市を除く中国全土については、3番目に強い「レベル2」(不要不急の渡航をやめるように呼びかけ)のままです。発症していない感染者から他者へ感染することが明らかになっている現在、無症状の中国からの渡航者が感染源となって、日本全土に新型コロナウィルスが広がることが危惧されています。

 以上の経緯が示すように、安倍内閣が行った対応は、急速に進む感染拡大への対応が後手後手になり、そのことが政権の危機管理が問われる事態に繋がっているのだと言えるでしょう。

 

法律が整備されていなかった

 安倍内閣の対応が後手後手になったり理由の一つとして、日本の法律の問題があるという指摘があります。

 通常、感染症によって海外からの入国を拒否する場合、出入国管理法の第5条が適用されます。ただし、第5条が適用されるのは「指定感染症」に罹患した人に対してであり、感染症にかかってない人の入国を制限することはできません。そのため政府は、入国時に感染が疑われる人に対し、検査や診察を指示することができ、指示に従わない場合は罰則の対象となる検疫法第34条を適用し、レベル3に該当する湖北省浙江省からの入国を拒否する措置を取りました。

 しかし、これらは新型コロナ感染症という新たな事態に対して、法律をやや強引に適用させて行った対処であり、入国拒否を中国全土に広げるためには法的な根拠が不足していると考えられます。

 そうした場合の手段としては、緊急事態条項が根拠となります。

  戦争や災害など国家の平和と独立を脅かす緊急事態が生じた際には、政府が憲法秩序を一時停止し、一部の機関に大幅な権限を与えたり、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとることが必要になります。この権限の根拠となる法令が緊急事態条項です。各国が中国からの入国者を拒否した法的な権限は、この緊急事態条項に拠っていると考えられます。

 ところが、日本の憲法にはこの緊急事態条項が存在しません。そのため、安倍政権が中国からの入国を拒否するには法的な根拠が希薄で、自ずと制限がかかることになるのです。

 

ことの本質は各界への忖度

 こうした法的な整備の不足だけで、安倍内閣の対応が後手後手になったわけでありません。政治家が本気になれば、官僚が法的な問題はなんとか解決策を見出すものです。ことの本質はそうした法的な制限ではなく、安倍内閣が中空均衡構造になっていることにあると考えられます。

 最初で挙げたように、強力な中心が原理と力をもち、それによって全体が統合される中心統合構造のリーダーは、強力な権力と権限を持っています。そのため国家に危機的な問題が生じたときには、その強力な権力と権限によって、独自の政策を実行することができます。今回の場合で言えば、中国で発生した新型コロナウィルス感染症に対して、中心統合構造のリーダーは早い時期から入国制限を実行しました。

 それに対して、安倍内閣は中空均衡構造を呈しています。中空均衡構造では、中心統合構造の中心のようなリーダーを嫌う傾向があります。集団の長となる者は、全体をリードする者ではなく、全体の調和をはかる者として期待されます。安倍総理は、強力な権限を持って政策を実行するリーダーではなく、全体の調和を図るリーダーとしての役割を求められ、そして調和を図るリーダーとして政権を運営してきました。

 そのため安倍総理は、今回の新型コロナウィルス感染症の拡大に対しても、全体の調和をはかろうとしました。つまり安倍総理が、観光業界、経済界、外務省、親中派議員、習近平国家主席などに忖度し、全体の調和を図ろうとしたことが、今回の対応の遅れに繋がったのだと考えられます。

 

 では、安倍内閣の対応の遅れが、日本を危機に陥れてしまうのでしょうか。中空均衡構造は、また別の側面をみせることになります。次回のブログで検討してみることにしましょう。(続く)

 

 

文献

1)河合隼雄:神話と日本人の心.岩波書店,東京,2003.