江戸時代の子育てはどこが優れているのか(2)

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 江戸時代の子育ての際立った特徴は、体罰をしないのはもちろんのこと、親が子どもを服従させることも、自分の意に添った教育を押しつけることもないことでした。そして、ただただ温かさと平和で包み込みながら、性格の悪いところは抑え、あらゆる良いところを伸ばすことを目標にすることでした。そこでは親の意向は介在せず、子どもの長所を伸ばすことを第一に考えた、子ども本位の教育が行われていたのです。

 では、子供の自主性を尊重する教育の中で、子供たちはどのように社会で生きる術を身につけるのでしょうか。

 

 

おんぶによる教育
 日本の子どもたちは躾を受けず、礼儀作法を知らないまま成長するのでしょうか。渡辺京二の『逝きし世の面影』1)によれば、「子どもは小さいときから礼儀作法を仕込まれていたし、(中略)親の最大の関心は子どもの教育だった」(同396頁)と指摘されています。ただし、その躾の方法が独特なのです。

 「カンガルーがその仔をそのふくろに入れて何処へでも連れてゆくように、日本では母親が子供を、この場合は背中についている袋に入れて一切の家事をしたり、外での娯楽に出かけたりする。子供は母親の着物と肌のあいだに栞(しおり)のように挟まれ、満足しきってこの被覆の中から覗いている。その切れ長な眼で、この眼の小さな主が、身体の熱で温められた隠れ家の中で、どんなに機嫌をよくしているかを見ることができる」(『逝きし世の面影』398頁)
 (日本の赤ん坊はおんぶされながら)「あらゆる事柄を目にし、ともにし、農作業、凧あげ、買物、料理、井戸端会議、洗濯など、まわりで起るあらゆることに参加する。彼らが四つか五つまで成長するや否や、歓びと混りあった格別の重々しさと世間智を身につけるのは、たぶんそのせいなのだ」(同406頁)

 赤ん坊は母親(または年長の姉や兄に)背負われて、肌のぬくもりを常に感じながら家族と行動を共にします。それは、農作業、凧あげ、買い物、料理、洗濯、井戸場会議などあらゆることに及びます。これは赤ん坊が、機嫌良く満足した心理状態で、しかも背負われながら母親と同じ視線でこれらの出来事を体験することを意味しています。だからこそ子どもたちは、四つか五つに成長するや否や、日常の生活を過不足なく送れるようになるのであり、さまざまな世間智を体得することが可能になるのです。

遊びによって学ぶ
 さらに子どもたちは、遊びの中でも生活のための行動様式を学びます。

 「子供の室内遊戯の多くは、大人の生活の重大な出来事を真似したものにすぎない。芝居に行って来た男の子が家に帰ると、有名な役者の真似や、即席で芝居の物真似をする。小さな子の遊びに病気のふりをし、『医者みたいに振舞う』のがある。おかしくなるほど几帳面に丸薬と粉薬の本物の医者のように、まじめくさって大層らしく振舞い、病人は苦しんで見せる。食事、茶会、結婚式、葬式までも日本の子供は真似をして遊ぶ」(『逝きし世の面影』408頁)

 こうして日本の子どもたちは、親から強制されるのではなく、主体性を持って社会で生活して行くための術を学び取って行きました。

 

江戸時代の子育てとは

 ここで、以上で述べてきた江戸時代の子育てをまとめてみましょう。その特徴を抽出して要約すれば、以下のようになります。

 

・子どもに深い注意が払われ、子どもは非常に大切に扱われている。
・母親が赤ん坊に癇癪を起こすことはめったになく、赤ん坊が泣き叫ぶことも希である。
・赤ん坊は母親におんぶされて、肌のぬくもりを常に感じながら家族と行動を共にする。これは赤ん坊が、機嫌良く満足した心理状態において、母親と同じ視線で日常生活のあらゆる出来事を体験することを意味している。
・親は子どもを服従させることも、自分の意に添った教育を押しつけることもない。
・親は子どもを罰したり、打つ、叩く、殴ることはほとんどなく、ただ言葉によって叱るだけである。
・子どもはおびえから嘘を言ったり、過ちを隠したりせず、嬉しいことも悲しいことも隠さず父や母に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりする。
・子どもたちは、親からの干渉を受けることなく、遊びを通して社会で生活して行くための術を学び取って行く。
・子どもは温かさと平和な愛情で包みこまれ、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところを伸ばすように育てられる。

 

攻撃欲動を育まない子育て

 このような教育を行う目的はどこにあるのでしょうか。温かさと平和に包まれ、多くの愛情を注がれて育った子どもはどのような大人になるのでしょうか。感情的に叱られることがなく、打たれる、叩かれる、殴られるといった扱いを受けたことがない子どもは、他人に対してどのように振る舞うようになるでしょうか。親に服従させられることなく、あらゆる良いところを伸ばすように育てられた子どもは、どのような生き方を身につけるのでしょうか。
 言うまでもないでしょう。このような教育を受けた子どもたちは、総じて他者に対して温和になり、人と敵対したり争ったりすることが少なくなります。そして、社会に対して不満を募らせたり、社会に攻撃性を向けようなどと考えなくなるでしょう。

 つまり、江戸時代の子育ては、子どもの攻撃欲動を刺激しないように工夫されています。さらに社会的なレベルで言えば、革命や戦争を起こすような成人にならないように細心の配慮が払われているのです。

 

 もちろん、それはものごとの一面に過ぎません。江戸時代の子育ては、個人が幸福に生きるためにはどうしたらいいのかを追求していると捉えることもできます。そして、こちらの方が、本来の目的なのかも知れませんが。(了)

 

 

文献

1)渡辺京二:逝きし世の面影.平凡社,東京,2005.