なぜ善人よりも悪人の方が救われるのか(3)

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 前回のブログでは、親鸞悪人正機説絶対他力の思想を構築する過程で、聖徳太子が重要な影響を与えたことを述べてきました。

 今回のブログではさらに、親鸞の思想の背後に、和の文化がどのような影響を与えているのかについて検討したいと思います。

 

悪人は本当に救われるのか

 ここで悪人正機説について、もう一度考えてみましょう。

 阿弥陀仏の前身である法蔵菩薩が、「あらゆる人を、漏れなく救いたい」という誓願を持ってたゆまぬ修行を続け、気の遠くなるような時間を輪廻した後に悟りを開いて阿弥陀仏となったことを先に述べました。その結果、阿弥陀仏は「あらゆる人を漏れなく救う」という特別の能力を持つ存在になりました。法然の浄土宗も、親鸞浄土真宗も、この阿弥陀仏の無限の力によって、すべての衆生が極楽浄土に往生することができると考える点は同じです。
 ところで、法蔵菩薩が立てた誓願は四十八項目あり、これは法蔵菩薩四十八願と呼ばれています。その中でも第十八願は「王本願」と呼ばれ、四十八願の中で最も重要な願と考えられています。

 

 「第十八願(念仏往生願または十念往生願、至心信楽(ししんしんぎょう)願))
 たとい、われ仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽して、わが国に生まれんと欲して、乃至(ないし)十念せん。もし生まれずんば、正覚を取らじ。ただ五逆(ごぎゃく)と正法を誹謗するを除く」

 

 (現代語訳)心を込めて信心し、十回の念仏を唱えたならば、すべての人々がわが浄土に往生できる。もしそうならないならば、たとえ仏となることができたとしても、わたしは仏にはならない。
 ただし、五逆(父を殺すこと、母を殺すこと、阿羅漢を殺すこと、仏の身体を傷つけ血を流すこと、教団の和合を破り分裂させることの五つの罪)を犯した者と、正しい仏法を誹謗する者は除く。

 

 心を込めてたった十回の念仏を唱えれば、すべての人々が極楽浄土に往生できる。これが、専修念仏のもとになった教義です。
 ここで注意が必要なのは、五逆(父を殺すこと、母を殺すこと、阿羅漢-悟りを開いた人物-を殺すこと、仏の身体を傷つけ血を流すこと、教団の和合を破り分裂させることの五つの罪)を犯した者と、正しい仏法を誹謗する者は除くと明確に記されていることです。除かれている者は、いずれも悪人と呼ばれ得る人たちです。

 これでは、悪人正機説は成り立たないのではないでしょうか。

 

法然親鸞の解釈変更

 インド哲学者であり仏教学者である中村元は、この問題について「法然上人がはっきりと言い、親鸞聖人も当然それを受けているのですが、その解釈はこうです。文章にはこうあるけれども、これは、こういう悪いことはしなように、ということであって、ほんとうの趣旨は、五逆のものでも洩らさず救ってくださるというありがたい趣旨なのだ、阿弥陀仏の慈悲は、無限の慈悲なのである、と解釈したのです」と述べています(『浄土経典』1)112頁)。
 また、同じく仏教学者である横超慧日(おうちょう・えにち)は、涅槃教の「難治の機の成仏と証」に語られる内容に基づいて、親鸞聖人はすべての人々を救済する方向性を見出したと指摘しています(『涅槃教と浄土教2)179-188頁)。

 その検討を紐解いてみると、涅槃教の文言をそのまま理解するのでなく、親鸞聖人による新たな解釈によってその方向性が導かれており、この点は上記の法然上人の解釈変更と同様なのです。

 

仏典の解釈変更はできるのか

 いずれにしても、これらの解釈は、やはり少し無理があるのではないでしょうか。経典で明確に除くと記されている者は、どのように解釈をしようがやはり除かれるのが通例でしょう。
 そもそも仏教は、宇宙の法(真理)を明らかにした宗教で、その法に目覚めた者、真理を悟った者を「仏陀」と呼びます。そして、経典はいわば宇宙の法を記したものですから、その法はいかなる人物、手段によっても変えることができません。すなわち、まず法ありきなのが仏教なのです。

 仏教が「法前仏後」、 まず最初に法が存在し、その法を体得した存在として後に仏が誕生する と言われるのはそのためです。これに対して、ユダヤ教キリスト教イスラム教では、「神前法後」、つまりまず最初に神が存在し、その後に神がすべての法則を創造したと考えます。
 このように、仏教では後になって法を変えることは、原理的に不可能です。これに対して、上記の一神教では、神であれば法則を変えることが可能です。この法則の変更は、神による奇蹟と呼ばれます。逆に言えば、神の奇蹟かどうかは、世界の法則が変わっているかどうかで判断されます。

 さて、法然親鸞の解釈変更に話を戻しましょう。仏教では、世界の法を体得した阿弥陀仏によって記されたものは、当然世界の法に則っています。そこで往生から除くと記された者は、やはり往生できないと捉えられるでしょう。先の解釈のように「文章にはこうあるけれども、・・・本当の趣旨は、・・・」などと経典を異なった意味で捉えることは、法を変更することに繋がりかねず、本来はできないことだと考えられます。

 

人前法後

 法然親鸞がこうした解釈を行い得たのは、先に指摘したように、仏教が和の文化に包括されていったからだと考えられます。
 和の文化では、仏教文化キリスト教文化のように、法や神が絶対視されることはありません。和の文化では、人々の間の和を保つことが何よりも重要視されるからです。つまり、和の文化では、仏や神よりもまず人の和が、そして和を形成するための人と人との「輪」が最も重視されます。極端な言い方をすれば、法や神という概念は、人々が和を保つために創られた概念にすぎないのです。これを先の例にならって言えば、「人前法後」または「人前神後」になるでしょうか。
 ところで、人が人を支えるという構造では、基本的に「私」と「あなた」という二人称しか存在しません。そこには第三者の客観的な視点、もっと言えば「仏陀の視点」や「神の視点」が存在することがありません。「仏陀の視点」や「神の視点」という絶対的な視点が存在しないために、日本では絶対的な真理が追究されることもありませんでした。

 

法然上人や親鸞聖人が語られたことなら

 これらの点から、経典に記された法は、日本においては必ずしも絶対的な価値を有するものだとは見なされませんでした。さらに、和の文化では「人前法後」ですから、人が法を変えることが可能になりました。

 つまり、「法然上人や親鸞聖人が語られたこと」が、そのまま真実の法と見なされることになりました。以上の理由から、法然親鸞は、「文章にはこうあるけれども、・・・本当の趣旨は、・・・」などと経典を異なった意味で捉えることができたのであり、一方でそれを受けとる民衆の側も、彼らの行った解釈の変更に何ら疑問を抱くことがなかったのです。

 

 法然悪人正機説

 では次に、なぜ日本文化では悪人が救われることになったのかを考えてみましょう。
 極楽浄土への往生を考えるとき、それを可能にするものは何であるのか。それは、阿弥陀仏の本願の力でした。その力はどのようにすればわれわれに働いてくれるのか。それは、「南無阿弥陀仏」と一心に称えることでした。ところが、自分の力で善行を行おうとする者は、一途に阿弥陀仏の力に頼ろうとする心が欠けています。それに比べ、他に救われる道のない悪人は、阿弥陀仏に助けを求める以外に手段がありません。

 すなわち、誰が最も一途に阿弥陀仏にすがれるかと言えば、それは悪人に他ならないのです。したがって、悪人が一途に阿弥陀仏にすがった場合には、善人よりも極楽浄土に近づくことができるという結論が導かれます。これが先に述べた、「法然悪人正機説」です。

 法然悪人正機説は、阿弥陀仏の思想を理論的に突き詰めた結果として導かれました。そこには、和の文化が直接的に影響を与えた痕跡は認められません。

 

親鸞悪人正機説

 これに対して「親鸞悪人正機説」は、社会の和を重視するために、悪人とは何かという問題を究極まで追求した結果生まれました。
 良い心を持つのが善人で、悪い心を持つのが悪人なのか。親鸞はそうではないと言います。悪行をするのは悪い心がそうさせているのではない。その人に宿る業と縁がそろって、初めて悪行は現実のものとなる。つまり、輪廻転生の中で宿った業という直接因に、様々な状況によって生じる縁という間接因が交わり、その偶然とも言える組み合わせの中で、たまたま悪行は現れます。したがって、同じ業を宿していたとしても、時代や状況によって縁が変われば、悪行が現れないかも知れません。逆に言えば、今善人と見られている人にも、同じ悪い業が宿っている可能性があります。たまたま、その業が悪行に結びつく縁に出会ってないだけかも知れないからです。
 このように捉えると、この世には、たまたまの悪人とたまたまの善人がいることになります。しかも、自他共に認める善人であっても、いつ悪行に染まるのか分かりません。人には、大なり小なり悪い業が宿っています。

 そうであれば、人は自らに宿る悪い業を率直に認めるべきではないのか。そして、自らが悪人(または悪行をする可能性を持つ人)であると、明確に意識することが大切なのではないか。人はしょせん、みな同じ人である。私もあなたも単なる悪人に過ぎない。これが、親鸞の言うところの悪人の意味ではないでしょうか。そして、人はしょせん同じ人に過ぎず、私もあなたも同じ悪人に過ぎないからこそ、和の文化の中で共に生活することができるのです。

 

すべての人が例外なく救われる

  先に述べたように、和の文化では、神や法よりも和を保つことが重視されました。和が重視される社会では、すべての人々が救われることが最も大切なことだと見なされます。それは、すべての人々が往生できなければ安定した人の輪が形づくれないし、何よりも社会の和が乱れるからです。人の輪をなるだけ大きくし、和によって社会の安定を維持するためには、悪人を往生の対象から除いてはなりません。そのため日本社会では、悪人の往生が特に注目されたのだと考えられます。
 したがって和の文化では、一心に念仏を唱えることよりも、すべての人々が無条件で救われることの方が重要だとされました。親鸞の「人はすべて同じ悪人に過ぎない」という発想は、だからこそ阿弥陀仏の絶対的な力に頼るしかないとの帰結によって、すべての人々を例外なく救うという結論をもたらしました。さらに、「自らを悪人であると自覚できている人の方がより極楽浄土に近い」と捉えることで、すべての人々が例外なく救われるという事実がいっそう強調されることになったのです。

 

親鸞聖徳太子を重視したわけ

 以上で述べてきたような理由によって、浄土真宗では、四十八願の第十八願に「五逆(ごぎゃく)と正法を誹謗するを除く」という明確な規定があるにも拘わらず、悪人正機説が成立しました。その成立の経緯には、和の文化が重要な役割を果たしました。そして、和の文化の創生には聖徳太子の存在が不可欠であったために、親鸞の思想の系譜にも、聖徳太子は欠くことのできない人物になったのです。
 晩年の親鸞が、聖徳太子の和讃(和語を用いて褒め称える賛歌)を数多く残したことが知られています。それは、青年期から晩年に至るまでの生涯を通じて、自らの思想構築に重要な役割を担い続けてくれた、聖徳太子に対する厚い尊崇の念が現れているのでしょう。それだけでなく、最晩年に至って親鸞は、聖徳太子を「和国の教主聖徳皇」と位置づけています。これは聖徳太子を、日本仏教の教主として捉えることを意味します。聖徳太子仏教徒でしたが、本来は一政治家に過ぎなかったのにです。
 その理由は、これまでの検討から明らかでしょう。聖徳太子は、和の文化の創始者でした。和の文化が日本仏教の成立にいかに重要な影響を与えたのかを考えれば、親鸞のこの位置づけは、まさに正鵠を射たものと言えるのではないでしょうか。(了)

 

 

文献

1)中村 元:浄土経典 現代語訳 大乗仏教4.東京書籍,東京,2003.
2)横超慧日:涅槃教と浄土教 仏の願力と成仏の信.平楽寺書店,京都市,1981.