憲法九条の改正はなぜ必要なのか(2)

前回のブログでは、日本の若者の自己肯定感の低さについて、戦後にGHQが画策したWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)にまで遡って検討しました。そこでは、WGIPに影響を受けた日教組による教育や朝日新聞を代表とするマスコミによる報道…

憲法九条の改正はなぜ必要なのか(1)

安倍首相が自民党総裁選挙で勝利し、3年間の続投が決まりました。安倍首相は、秋の臨時国会に自民党の改憲案を提出する意向を明らかにしており、いよいよ憲法改正に向けた議論が本格的に始まります。この議論の中心となるのは、憲法九条は改正すべきなのかと…

オウム真理教とは何だったのか(7)

前回のブログでは、麻原彰晃が起こさせた地下鉄サリン事件と、西郷隆盛が倒幕の口実とするために、江戸で赤報隊によって起こさせた事件を比較しました。なぜこのような大胆な比較を行ったかと言えば、麻原と西郷がともに内的自己を代表する人物だからです。 …

オウム真理教とは何だったのか(6)

修行中に起こった信者の死亡を隠蔽したオウム教団は、殺人をポアであると正当化しました。その後オウムは、本人ためのポアであると正当化しながら、麻原の意の向くままに殺人を繰り返しました。この殺人行為は次第にエスカレートして大規模にになり、ついに…

オウム真理教とは何だったのか(5)

前回のブログで、オウム真理教は内的自己を代表する教団であり、教義の根幹にアメリカに対する被害的な思想を有していることを検討しました。この思想は、やがて外部に対する攻撃的な行動へと結びついて行きます。 今回のブログでは、オウム真理教が地下鉄サ…

オウム真理教とは何だったのか(4)

前回のブログでは、オウム教団が殺人集団になって行く過程を、自閉的な共同体の特徴という側面から検討しました。 今回のブログでは、オウム教団が地下鉄サリン事件で、なぜ日本政府に対して攻撃を仕掛けたのかを、オウム真理教が海外進出したことも含めて検…

オウム真理教とは何だったのか(3)

前回のブログでは、麻原彰晃が盲学校時代の体験をもとに、絶対的な支配者となって、自分の思い通りにできるオウム教団という王国を築き上げた経緯を概観してきました。 今回は、オウム真理教という麻原の王国が、なぜ凶悪な犯罪を次々と起こすに至ったのかを…

オウム真理教とは何だったのか(2)

前回のブログでは、オウム真理教が誕生した時代背景と、オウム真理教がなぜ若者を惹きつけたのかを、わたし自身の体験も交えて述べました。 今回のブログでは、オウム真理教が宗教集団でありながら狂暴化していく過程を概観してみたいと思います。 松本智津…

オウム真理教とは何だったのか(1)

去る7月6日に麻原彰晃こと松本智津夫はじめオウム真理教の7人の幹部が、7月26日には残された6人の幹部の死刑が執行されました。これほどの人数の死刑が一気に執行されたことが初めてだったこともあり、多くのマスコミで一斉に報道されました。その報道の…

朝日新聞はなぜ国益に反する報道を続けるのか(6)

前回のブログでは、朝日新聞は内的自己を代表する報道機関であることを指摘しました。そのため朝日新聞は、反米を心に秘め、アメリカと対立する共産主義を支持し、親中国の立場を鮮明にして行きました。 そして、次に朝日新聞は、対米追従を続ける外的自己に…

朝日新聞はなぜ国益に反する報道を続けるのか(5)

前回のブログでは、戦後の外的自己と内的自己の変化について述べました。太平洋戦争で壊滅的な敗戦を経験し、さらに6年8ヶ月もの占領を受けたため、日本はあからさまに反米を主張することができなくなりました。外的自己である親米政府が政権を担当し、対米…

朝日新聞はなぜ国益に反する報道を続けるのか(4)

前回のブログでは、岸田秀の理論に従って、近代以降の日本を外的自己と内的自己の分裂という観点で分析しました。それによれば、ペリーに無理やり開国させられて外的自己と内的自己に分裂した日本は、明治維新後は外的自己が、太平洋戦争時には内的自己が、…

朝日新聞はなぜ国益に反する報道を続けるのか(3)

朝日新聞は、戦前には日本を破滅へと至らせる戦争を後押ししました。戦後には態度を一転し、反戦、反政府の立場を採ります。そして、中国や北朝鮮、韓国を擁護する立場から、過去の軍人や当時の日本政府を徹底的に批判しました。その結果、日本の立場は悪く…

朝日新聞はなぜ国益に反する報道を続けるのか(2)

戦前は戦争を煽る報道をしていた朝日新聞は、戦後は態度を一変して反戦、反政府に舵を切りました。北朝鮮は「地上の楽園」だとの喧伝に乗り、「中国の旅」では日本軍の残虐性を一方的に報道し、教科書問題では誤報を認めながらも「問題の本質は文部省の態度…

朝日新聞はなぜ国益に反する報道を続けるのか(1)

最近の朝日新聞がメディアをリードしてるのが、森友・加計問題です。安倍首相および昭恵夫人の関与を追及するこれらの報道は、すでに1年以上にわたって続いています。 しかし、安倍首相および昭恵夫人が法的な問題を犯しているわけではなく、これらは道義的…

無差別殺傷事件はなぜ起こるのか(5)

加藤のいう孤立への恐怖は、「世界からたったひとり取り残された感覚」として経験されました。彼は、「孤立の恐怖は耐えがたく、それよりも肉体的な死の方がまだ救いがある」とさえ述べています。それは孤立の恐怖が、幼少時の記憶、すなわち自らが消滅する…

無差別殺傷事件はなぜ起こるのか(4)

秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大の両親は、加藤が母親の意向に添っているときを除いて、彼が存在する意義を認めないかのように振るまいました。つまり両親は、彼の存在そのものを否認し続けました。そして、彼自身もまた、このような扱いをする両親…

無差別殺傷事件はなぜ起こるのか(3)

前回のブログでは、成育環境における母性の働きについてみてきました。 もし母性が乏しければ、安全な胎内から危険に満ちた世界へと投げ出された子どもの不安は、解消されるどころか増幅されることになります。それは、無力な子どもにとって、母親からの世話…

無差別殺傷事件はなぜ起こるのか(2)

前回のブログでは、秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大の成育環境について検討しました。加藤の幼少時代はまさに、母親からの驚くべき虐待と父親からの救われることのない無関心に、常に晒されていました。 こうした養育環境が個人の精神形成にどうのよ…

無差別殺傷事件はなぜ起こるのか(1)

6月9日の夜、東海道新幹線「のぞみ」で、刃物を持った22歳の男が突然乗客を襲い、3人が死傷する事件が起きました。この事件の全容はまだ明らかになっていませんが、容疑者の男は、「誰でもよかった」と述べているとのことですから、この事件は無差別殺傷…

日本人が誇りを取り戻す日は来るのか(5)

東日本大震災で人々が示した言動は、和の文化に基づいたものでした。多くの人命を奪い、東北のインフラを破壊し、原発の水素爆発と放射能被害をもたらした大震災は、日本社会に甚大な傷痕を残しました。しかしその一方で、人々の振る舞いは世界の人々を感動…

日本人が誇りを取り戻す日は来るのか(4)

東日本大震災は、日本に壊滅的な爪痕を残しました。しかし、社会秩序が崩壊した状況の中で、人々は和の文化に従って行動します。その行動は世界の人々を驚かせ、世界から賞賛を受けました。そのことで日本人は、和の文化の存在に気づき、和の文化の価値を再…

日本人が誇りを取り戻す日は来るのか(3)

太平洋戦争の壊滅的な敗戦から、日本は奇蹟的な復興を遂げました。経済的にさらなる成長を遂げ、世界有数の経済大国となった日本は、経済でアメリカを凌駕しようとしました。この野望はバブル期に達成されたかに思われましたが、結局アメリカに敗れて第二の…

日本人が誇りを取り戻す日は来るのか(2)

これまでもブログで検討してきたように、「バブルショック」は日本人の自尊心を大きく打ち砕きました。バブル崩壊が単なる経済的な問題にとどまらず、日本人の精神的な問題にまで大きな影響を与えたのは、そこに至るまでの長い歴史が存在するからです。その…

日本人が誇りを取り戻す日は来るのか(1)

バブルが崩壊し、日本社会は長い停滞期を迎えました。日本人は自信を失い、日本社会はうつ状態に陥りました。1,990年台から、失われた10年とも失われた20年ともいわれた時代は、なぜこれほどまでも長く続いたのでしょうか。そして、日本人がうつ状態から脱し…

バブル崩壊後になぜ日本は失われた10年を迎えたのか

バブル経済によって浮かれて日本社会は、バブル崩壊後に長い停滞を迎えることになります。1991年から始まった不況はなかなか回復せず、後に失われた10年とも失われた20年とも呼ばれています。 なぜ不況はこれほどまでに長期化し、日本社会は長い停滞を迎える…

日本はなぜ奇蹟の復興を遂げられたのか(2)

奇跡の復興を遂げた日本は、さらに経済発展を続けます。そしてアメリカの経済を脅かすまでに成長し、ついに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称されるまでになりました。日本経済がこれほどまでに発展した背景には、日本社会の背後に渦巻く、先の戦争に対…

日本はなぜ奇蹟の復興を遂げられたのか(1)

戦後の日本は、GHQによって、それまでとはまったく異なった国家に改造されました。それはアメリカの望む方向への改造であり、軍事機構と国家警察を解体されたうえで、近代国家の基本的な骨格は踏襲されました。皇統神話が否定される一方で、日本は自由と…

マッカーサーは日本社会にどのような足跡を残したのか(2)

太平洋戦争において、緒戦における日本軍の快進撃は、日本人に言いようのない達成感をもたらしました。ペリーに無理やり開港させられた屈辱感、さらに遡れば、日本民族の無意識に伝承され続けてきた敗戦に対する屈辱感が、まさに晴らされんとしていたからで…

マッカーサーは日本社会にどのような足跡を残したのか(1)

日本は第二次世界大戦において、完膚無きまでの敗戦とその後の屈辱的な占領を受けることになりました。現人神を立て、中央集権国家としてひたすら近代化を推し進めてきた日本社会は、アメリカの占領政策によって劇的な変革を強いられることになりました。そ…