韓国はなぜ繰り返し賠償を求めてくるのか(5)

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 前回のブログでは、韓国は併合された日本文化の優等生であり、独立する際に日本と戦った歴史を持たないことを指摘しました。そのため、日本に併合された当時の独立運動家であるアン・ジュングン(安重根)やカン・ウギュ(姜 宇奎)を独立の英雄としなければならず、北朝鮮のような建国の神話ができにくい状況にありました。さらに以前のブログで検討したように、独自の文化を育んでこなかったことは、韓国が独立した際に愛国心を持つことを困難にしました。

 では、韓国はどのようにして建国の神話を創り、愛国心をどのように作り上げたのでしょうか。

 

日本からの搾取がなければ自立できていた

 従属する文化の優等生であろうとするあまり、独自の文化を育んでこなかった韓国は、愛国心を持ちにくい状況にありました。そこで、愛国のナショナリズムのない韓国では、代わりに反日ナショナリズムを作り上げていったと古田博司は指摘します。

 

 「(韓国は)歴史上は、シナ大陸の政権下で自立したことがなく、近代は日本の統治下となって資本主義経済の基盤を作った。

 独立は日本の敗戦で棚ぼた式に転がり込み、そのあとに、三十八度線で北には行けなくなって『島化』した国である。一度も自立的な歴史を歩んだことがないのだ。

 そんな彼らに偽のナショナリズムを教えたのは、日本の戦後の左翼学者たちだった。韓国は日本が来なければ自然に近代化し、資本主義ができていたはずだ、その資本主義の芽を摘んだのが日本なのだ、と教えた。いうまでもなく、マルクス唯物史観である。日本は韓国を搾取し、収奪した悪辣な国なのだから、自立的な歴史を日本から取り戻そう、そう教えたのだ。

 そこから反日という形で韓国のナショナリズムが育っていった」(『韓国・韓国人の品性』1)68頁)

 

 つまり、韓国は近代化の前段階まで社会が進んでおり、資本主義が育つ直前にあって近代国家として自立するはずだった。そこに日本が無理やり植民地化をして搾取したために、韓国の本来の発展が妨げられたのだ、という驚くべき物語を創り上げたのです。

 

日本は朝鮮から七つのものを奪った

 植民地にされた国は、植民地にした国から搾取されることが通例です。韓国も日本が植民地時代に、朝鮮から七つのものを奪ったと主張しています。それは「主権」「国王」「国語」「人命」「姓名」「土地」「資源」の七つです。これらは俗に「七奪」と呼ばれています。本当に日本は、朝鮮から七つのものを奪ったのでしょうか。

 まず主権についてはどうでしょうか。主権とは近代化以降の概念であり、近代的な国家における意思決定と秩序維持における最高で最終的な政治的権威を指します。近代以前の朝鮮は、中国の柵封体制の中に属していましたから、そもそも国家として独立してはいませんでした。朝鮮が独立したのは、日本が日清戦争に勝って朝鮮の独立を清に認めさせたからです。1895年に朝鮮は大韓帝国となって、初めて独立主権国家となりました。その後大韓帝国は、1905年に日本の保護国になり。1910年には日本に併合されました。併合されたことにより、朝鮮は主権を失いました。このように朝鮮にはもともと主権はなかったのであり、日本によって一方的に主権を奪われたと主張することはできないように思われます。

 

 奪われたのではなく与えられた

 その他に奪われたものも、本当に奪われたと言えないものがみられます。李王朝の国王は、併合後も李王として皇族に準ずる身分を与えられています。国語については、総督府は朝鮮全土に学校を建て、ハングルを教育して普及させています。氏名に関しては、併合前に姓を持てなかった賤民階層の下層の人々や女性に、戸籍を作って姓を与えました。創氏改名も強制されたものではなく、総督府は日本風の名前を名乗ることを禁止したこともありました。土地に関しては、総督府は全国の土地調査を行い、支配層である両班によって不正に隠されていた土地が、一般の農民に与えられました。その結果、朝鮮半島の農民の半数が土地所有者になりました。資源については、朝鮮半島にはもともと資源が乏しく、奪うべき資源はありませんでした。それどころか総督府は、鉄道、道路、港、ダムなどのインフラ整備を行い、学校や工場を建てて朝鮮に莫大な資本を残しています。

 このように韓国の人々が奪われたと指摘しているもののほとんどは、決して奪われたのではなく、むしろ与えられたという側面が多かったと言えます。それなのになぜ韓国の人々は、併合時代に日本は多くのものを奪ったと主張しているのでしょうか。

 

支配の中で最も優秀な民族を目指した

 併合時代に朝鮮の人々が本当に奪われたものが、実は別に存在しています。それを検討するために、朝鮮民族の成り立ちについて、ここでもう一度振り返っておきましょう。

 ユーラシア大陸の東端にある朝鮮半島の人々は、日本人と同様に戦いに敗れ続けて朝鮮半島まで逃げ延びてきた人々の末裔であると言えるでしょう。しかし、ここからが朝鮮民族日本民族の違いになります。朝鮮の人々は最後の最後で半島にとどまり、日本列島にまで逃げ延びませんでした。
 朝鮮半島には天然の要塞になるような地形が存在しないため、常に大陸の勢力から攻め込まれる危険がありました。しかも行き着く先は海であり、強大な勢力に攻め込まれたら逃げ場がありません。それでも海を渡って逃げ延びたのが日本民族ですが、朝鮮の人々は逃げ延びるよりも支配を受けることを選びました。
 他の民族から支配を受けることは、著しく自尊心を傷つけられることに繋がります。そこで朝鮮の人々は、次のような心理的防衛機制を用いたと考えられます。一つは支配を受けた民族の中で最も優秀な民族になること、もう一つは、半島から逃げ延びた人々に対して優越感を持って接することです。

 

愚弟に支配されるという屈辱感

 日本人とは、まさに半島から逃げ延びた人々でした(半島以外から逃げ延びてきた人々もいますが)。朝鮮の人々は、半島から逃げた日本人よりも優れているという自負心を持って来ました。そこに儒教思想、特に李王朝で発達した朱子学の影響が加味されます。上下関係の厳しい朱子学思想のなかで、朝鮮は柵封体制の優等生として振舞い、いわゆる長兄の立場を目指しました。柵封体制に入ったり出たりしている日本は、朝鮮からは中華思想から外れた愚かな末弟として捉えられました。この秩序によって、朝鮮の人々は、優れた長兄としての自尊心を保ってきたのだと考えられます。

 ところが明治維新後の日本は、日清・日露戦争に勝利し、中華思想に基づく柵封体制を根本的に覆しました。それだけに留まらず、朝鮮は日露戦争後に日本の保護国になり、さらに1910年には日本に併合されました。朝鮮の人々にとっては、これは天地がひっくり返ったような出来事だったと思われます。自尊心を保つために存在していた世界秩序が、あっという間に転覆してしまったからです。

 優れた長兄だと自負していた朝鮮の人々は、愚かな末弟だと蔑んでいた日本人に、逆に支配されることになりました。朝鮮の人々の精神的な衝撃は、いかばかりであったでしょうか。

 このように日本の併合によって朝鮮の人々が奪われたものの正体は、実は彼らの自尊心だったと考えられるのです。

 

自尊心を取り戻すために

 自尊心を奪われた朝鮮の人々は、次のような心的な防衛機制を働かせたと考えられます。

 奪われたものが民族の自尊心であるとすれば、それをそのまま意識化できない可能性があります。なぜなら自尊心を奪われ、自尊心が失われたと認めれば、民族が成り立つための基盤が失われてしまうからです。

 そのため失われた自尊心は、別のものに置き換えられました。それが冒頭で述べた、「主権」「国王」「国語」「人命」「姓名」「土地」「資源」の「七奪」でした。これらの多くが実際には与えられたものだったにもかかわらず、奪われたと認識されたのは、七奪が失われた自尊心の代替物だったからです。これらが奪われたと主張することで、本当に失われた自尊心は意識せずにいられました。

 いわゆる従軍慰安婦や今回の徴用工の問題も、根は同じだと考えられます。これらの問題の背景には、愚弟である日本のもとで、慰安婦や労働者として働かされたという屈辱感が存在しています。この屈辱感を解消する目的で、自らの意志ではなく強制的に従軍慰安婦や徴用工にさせられ、日常生活や人生そのものが奪われたという、主観に基づいた物語が創られました。そして失われた自尊心を取り戻すために、この物語が現実にあったかのように世界に喧伝するという、七奪と同様の試みが行われました。

 さらに、この試みに反日ナショナリズムが加えられました。韓国は近代化の前段階まで社会が進んでおり、資本主義が育つ直前にあって近代国家として自立するはずだった。そこに日本が無理やり植民地化をして搾取したために、韓国の本来の発展が妨げられた。日本が戦争に負けたことによってこの弊害が取り除かれ、韓国は本来の姿を取り戻して近代国家として発展したのだ、という建国の神話を創り上げたのです。

 

暗黒時代でなければならない併合時代

 この神話を成り立たせるためには、日本の併合政策はナチスユダヤ人虐殺と並ぶ悪行でなければならず、日本に併合された時代は暗黒時代でなければなりませんでした。韓国では、日韓併合の36年間を「人類史上類例のない過酷な植民地支配」と呼びますが、これは韓国の建国神話を成り立たせるために作られた架空の物語だと言えるでしょう。

 但馬オサムは、『300枚のユニークな広告が語るこんなに明るかった朝鮮支配』2)のなかで、日本が統治した戦前の朝鮮は、消費が拡大し、広告があふれていた時代だったと指摘します。そして、経営者、金鉱王、パイロット、スポーツ選手など世界に誇る朝鮮民族の男たちが排出され、「新女性」というモダンガールの風俗流行を生み、職業婦人が登場し、女性解放運動が起こるほどの自由な空気が満ち溢れた時代だったことを明らかにしています。

 これらは決してあり得ないことではありません。なぜなら朝鮮の人々は、従属する文化の優等生として生きてきたのであり、近代化した日本文化の中でも、同様に優等生として振舞うことが容易にできたと考えられるからです。(続く)

 

 

文献

1)古田博司:韓国・韓国人の品性.ワック株式会社,東京,2017.

2)但馬オサム:300枚のユニークな広告が語るこんなに明るかった朝鮮支配.ビジネス社,東京,2018.